「長引く」「取り持つ」「かかる」「つとめる」

 毎日新聞北陸面でコラム「太鼓持あらいの裏読み年中行事」を連載中の太鼓持あらいさん(63)の講演会が12日、小浜市であった。太鼓持の歴史や座敷でのマナーなどを豊富な知識と巧みな話術で紹介すると、観客は笑ったり感嘆したりだった。

http://mainichi.jp/area/fukui/news/20091213ddlk18040202000c.html

 大阪松竹座で来年1月2日から始まる壽(ことぶき)初春大歌舞伎通し狂言「仮名手本忠臣蔵」の大星由良之助など4役を演じる坂田藤十郎さんらが、赤穂浪士討ち入りの14日、「忠臣蔵」七段目の舞台となる京都・祇園一力亭を訪れた。

http://osaka.yomiuri.co.jp/news/20091214-OYO1T00564.htm?from=main4

これまた引き続きSONO-COLOアワー情報。

――――――――――――――――――――――
SONO-COLOアワー
1982(昭和57)年12月17日放送 第54回
タイトル「 A LONG Winter VACATION (ACT 3) 」

アバンタイトル:(セリフ)「ひゃぁ、おいでやす」(映画「花の舞妓はん」より)

(BGM)野球拳(カラオケ)
(NA)伊武雅刀

1 ツンツン椿/神楽坂浮子

a)よさほい節/三橋美智也
b)ストトン節/豆千代

2 愛しちゃったの/成田綾子

c)ちょんこ節/藤浪詠子
d)ドンドン節/都家かつ江

3 鉄砲小唄/松山恵子

e)おやおや節/浅井丸留子
f)欣舞節/檜山さくら
g)野球拳/花井真里子

4 野球けん/青木はるみ

h)駅前音頭/スリー・ファンキーズ
i)結構だね音頭/坂本 九

(セリフ)「わかってるネ!」(植木等)
――――――――――――――――――――――

忘年会シーズンということで、お座敷ソング特集です。
忘年会とお座敷、よく考えると昔でもあまり結びつかなかったかもしれません。

かけたい曲はたくさんあったのですが、あまり長々と放送するとクレームが来そうなものもあり、思案の末、こういう選曲になりました。

お座敷ソングとは何かという問題があります。
日本調で、手拍子が入って、お陽気なものは、すべてお座敷ソングといえるのか?
実は違います。
「チャンチキおけさ」のように屋台や赤ちょうちん、民謡酒場などが似合う唄もあれば、芸者衆を呼ばない宴席で高歌放吟される唄もあります。
スリー・ファンキーズの「駅前音頭」も坂本九の「結構だね音頭」も、厳密にいえばお座敷ソングではありません。これは音頭の歌謡曲版ですね。同じ音頭でも祭礼や盆踊りのためのダンスミュージックもあれば、座して傾聴すべき音頭もあります。歌謡曲の音頭はその両方、または中間のものでしょう。

では芸妓・地方(ぢかた)の披露する音曲(おんぎょく)はどうでしょうか。
たとえば小唄・端唄・長唄・都都逸・河東節・新内・常磐津・清元、民謡・座敷歌(祝い歌・騒ぎ歌など)、俗曲「さのさ」「かっぽれ」「奴さん」等々は正真正銘の「お座敷唄」ですから、「お座敷ソング」と呼ばわるにはチト畏れ多い。
もちろん芸者さんの守備範囲は広いですから、たとえば進駐軍の将校が来たら「バッテンボー」とか歌ったことでしょう。しかしお座敷にふさわしい歌じゃありませんね。
では市丸の「三味線ブギウギ」ならどうか? これは流行歌ですけどお座敷のムードとはマッチしています。これならお座敷ソングと言ってもいいかもしれません。
しかしブギで踊るとすればジルバ(ジャイヴ)であるわけで、音頭と同じくお座敷で踊るのはチト無理があります。榎本美佐江の「祇園ルンバ」、照菊の「お座敷タンゴ」、青木はるみの「芸者バイヨン」、白根一男、浅野靖子の「お座敷トロット」、五月みどりの「お座敷ロック」とて同じこと。
では実際はどうだったかというと、スローでムードのあるチークダンスくらいはあったみたいです。神楽坂はん子の「ゲイシャ・ワルツ」はそうした時代の産物でした。

芸者または元芸者の歌手のレパートリーがすべてお座敷ソングというわけではありませんし、花街・色町を扱った内容でもお座敷ソングじゃない歌も多い。シリアスで深刻なものはハナからお門違いですし、「お色気」があっても「小粋」じゃないといけません。
あまり明確な線引きはしませんが、狭義の「お座敷ソング」はお座敷の現場に由来する「トンコ節」「お座敷小唄」「まつのき小唄」のような唄、
それに加えて広義の「お座敷ソング」に入るのは最初から商業ベースで企画された歌、例えば

藤本二三吉「祗園小唄」
浅草〆香、井田照夫「お座敷ブギ」
笠置シヅ子「芸者ブギ」
池 真理子「祇園ブギ」
神楽坂浮子「芸者エレジー」
神楽坂はん子「芸者エレジー」「ゲイシャ甚句」「芸者ブルース」「ゲイシャルムバ」
浅野靖子「お座敷ワルツ」
岡田ゆり子「芸者マーチ」
松山恵子「お座敷ドンパッパ」
斉藤京子「芸者キサス」
永田とよ子「祇園ばやし」
青木はるみ「祇園の舞姫」
藤島桓夫「祇園の由良さん」、
久保幸江「祇園小町」
花村菊江「芸者月夜」
紅香「お座敷数え唄」
照菊「祇園むすめ」
下谷二三子「お座敷花嫁さん」
浅草清美「お座敷むすめ」
五月みどり「おひまなら来てね」「一週間に十日来い」
石川 進「たいこもちソング」

――等々、

(下左)シングル「邦子のアンアン小唄」山田邦子 ビクター音産 1982年
(下右)8cmCD「玉カルのアンアン小唄」玉川カルテット ソニーレコード 1998年

さらにはのちの時代の山形かゑるこ(伊集加代子)、山田邦子、塚たんくろう、みわこ、玉川カルテットらの「アンアン小唄」なども系列に入れてよいでしょう。
広義の「お座敷ソング」は「宴会ソング」「忘年会ソング」と重なる部分が多いですし、周辺の「お色気・セクシー・ピンクムード・ソング」「コミックソング」「兵隊ソング」ともシームレスにつながってもおります。
(山形かえるこ「あらエッチ!!」を例に挙げればこれはサラリーマンのドエッチぶりをテーマにしていますから、「お座敷ソング」ではなく、「お色気ソング」あるいは「サラリーマンもの」ということになります)

譬えていえば「お座敷ソング」は芸者を揚げるということが一般に行われていた時代の、最後のあだ花みたいなもんですね。当時すでにキャバレーやナイトクラブが台頭しましたし、芸事よりもスイングやマンボを踊るほうが得意な、いわゆる「アプレ芸者」も増えていました。新旧の事物・流行が拮抗し、影響し合い、時には渾然一体となって変化していった、そういう時代でした。
それからもうずいぶんと歳月が流れてしまいましたね。
今じゃ花柳界は伝統芸能の範疇です。「花街」「粋筋」「玉代」「半玉」「雛妓」「水揚げ」「旦那取り」「お茶を挽く」といった言葉はもはや死語と言っていいでしょう。大多数の人はクラブで踊ったり、居酒屋で合コンしたり、カラオケで盛り上がったりするほうを好むわけで、「お座敷で遊ぶ」というチョイスはまず出てこない・・・
「お座敷ソング」もすっかり過去の遺物と成り果てました。

というわけで、ヤボな講釈はこれくらいにして曲紹介にいきましょう。
曲名の表記は使った音源のものをそのまま記しました。文献によってはその曲名がひらがな・カタカナ・漢字であったり、別名であったりしますので、ご承知おきください。
例=ドンドン節/どんどん節、ストトン節/すととん節、など。

1曲目、神楽坂浮子の「ツンツン椿」(1955年2月発売)。
これは傑作中の傑作、「お座敷ソング」の最高峰といってもいいでしょう。なにげに猥歌風ですが、そこはさすがに佐伯孝夫の作詞だけあって巧くオブラードに包んでます。
浮子姐(ねい)さんはビクターが日本コロムビアの神楽坂はん子に対抗して戦後で最初にスカウトした「鶯芸者」でした。

「よさほい節」は1924(大正13)年、広島の演歌師秋月四郎が歌い始めたと云われていますが、この三橋美智也盤では作詞・作曲者のクレジットがありません。
広く知られている数え歌形式の猥歌のほかに、いくつかのバリエーションが存在します。

ストトン節。これも同じ大正13年に流行りだした歌ですが、元唄は姫路の軍隊の愛唱歌「スットコトン」だそうです。兵隊ソングが改作されて流行り歌となり、ついにはお座敷ソングとなったということですね。改作者は添田さつきで、1935(昭和10)年、二村定一が吹き込んでます。

(上左)フォノシートブック「コロ・シートブック・コロムビアヒットソング集(20)チンコロ姐ちゃんとともに歌おう」(1969年11月1日発行)
(上中)シングル「愛して愛して愛しちゃったのよ」和田弘とマヒナ・スタース、松平直樹、田代美代子
(上右)8cmCD「愛して愛して愛しちゃったのよ」原由子&稲村オーケストラ ビクター音産 1990年

「愛しちゃったの」は浜口庫之助作詞・作曲。すなわち、1965(昭和40)年、和田弘とマヒナ・スターズが田代美代子を迎えて歌った大ヒット曲「愛して愛して愛しちゃったのよ」の、お座敷ソング版です。番組では上写真の日本コロムビアのフォノシートブックから音を取りました。
歌ってるのは成田綾子。リリースは1964年6月ですからこっちのほうが早い。成田のさらに1年前に創唱者小沢桂子のレコードが出ています。
そもそも浜庫(ハマクラ)さんは自作曲を違うレコード会社のいろんなシンガーに歌わせるのが好きで、ほかにも「夜の虫」とか「涙くんさよなら」とか競作盤が多いですし、自分でも吹き込んじゃってますから。
成田綾子は1945年生まれ。ラジオ東京の「のど自慢コンクール」で審査員だった浜庫さんに認められて弟子入りし、この「愛しちゃったの」と「スッキンコン」のカップリングでデビューしています。

「ちょんこ節」、今回いちばんヤバかったのはこの歌です。
名古屋方面が発祥と云われている猥歌でして、1885(明治18年)と1895(明治28)年の2回、流行しています。

「ドンドン節」には2種類ありまして、両者はまったく別の歌です。
ひとつは1828(文政11)年ころに流行った歌で、明治に入ってから歌詞を替え何度も流行した「どんどん節」。もう一つは浪花節語りの三河屋円車の節を歌にした「どんどん節」。作詞・作曲者は演歌師の後藤紫雲。前者と区別するため「新どんどん節」と呼ぶのが通例となってます。演歌からお座敷ソングになった例ですねこれは。

続く「おやおや節」は1908(明治11)年から二、三年の間、関西のお座敷で歌われたもので、他人のちょっとした秘密に気づいたときの「オヤ、オヤ?」というつぶやきが題名になってます。その訝(いぶか)しげな眼差しは現代人の表情にもちょくちょく表れますね。

「欣舞節」は別名「剣舞節」「日清談判」または「日清談判破裂して」。
作詞・作曲は「オッペケペー節」の真の作詞者だったという壮士役者の若宮万次郎です。壮士というからには当然民族派で、神国日本の領土拡張を熱烈に支持しておりました。
この歌は日清全面戦争を待望するちょっと変わったSF近未来型の壮士節です。
作られた時期は1888(明治21)年かその翌年くらいという説と、流行が顕著になった1892(明治25)年の少し前という説があるようです。
朝鮮半島(李氏朝鮮)の宗主権を清国と争った日清戦争は、実際には1894年(明治27年)7月から翌年4月までの出来事ですから、どちらにせよ間がありますが、明治8年(1875)9月の江華島事件以降、小競り合い、代理的戦争、小規模戦闘がたびたび起きていて、国内は主戦論調ですでに沸騰しておりました。
「欣舞節」はそうした世論を反映したもので、状況・戦況の推移により少しずつ歌詞が書き換えられていきました。途中からはあからさまな中国人蔑視の文言が出てきたりもしますし、最後のころは「大勝利」「実に満足慶賀の至り」などと手放しの喜びよう。
このように「欣舞節」には、明治の日本人の大衆心理・感情、とりわけ国粋的感情(民族主義)に燃え上がっていた様子が色濃く投影されております。まるで現代の韓国人や中国人みたいな感じですが、ついこないだまで日本人もそうだったんですね。
今、彼らが不正確な情報に振り回されて一喜一憂したり、都合のいい情報を積極的に信じたがるように、往時の日本人もまたそうした傾向が強かったようです。
例えば歌の中で出撃することになっている「東艦(吾妻艦)」は明治21年2月、つまり唄の流行よりずっと前に廃艦されてましたし、「万里の長城乗っ取って一里半行きゃ北京城よ」「なんなく敵地へ上陸し一里半行きゃ北京城」などの歌詞は地理的錯誤以上のものがあります。
ちなみに1906(明治39)年に出版された押川春浪の海底軍艦シリーズ第五作「新日本島」では腰布一枚の日本男児がライオンに跨って冬のシベリアの濁流を押し渡るという、神がかり的な活躍が描かれていて、多くの青少年が熱狂したと伝えられていますから、まぁ破天荒な純朴さではあったのでしょう。
そうそう、言うのを忘れてましたが、壮士演歌の「欣舞節」はお座敷でも盛んに歌われたそうです。その事実が無ければ「お座敷ソング」の特集では取り上げなかったでしょう。お座敷ソングといっても色っぽいものばかりじゃないということの、一例と思っていただいて結構です。

さてさて時代はぐっと降(くだ)って1954(昭和29)年の「野球けん」です。
野球拳の起源はハッキリしてまして、愛媛県松山市には「松山本家野球拳家元」がいらっしゃいます。松山の野球拳では絶対に脱がないとか。
全国区になったのはやはり昭和29年でしょう。8月にレコード各社が競作盤を同時発売、時ならぬブームとなり、プロレス拳(神楽坂はん子、中島孝)、東京けん(三浦洸一、神楽坂浮子)、ゴルフ拳(下谷二三子)など類似の企画も続きました。

(上左)SP歌詞カード「野球拳」照千代 c/w 「娘十六恋心」草刈三枝子 ポリドール
元唄に上山雅輔が補作詞、山田栄一が補作曲しています。
(上右)SP歌詞カード「野球けん」若原一郎、照菊 c/w 「ホントホント」長良多江子 キング
こちらはキング専属作詞家の矢野亮が補作詞。囃し言葉は「アウト セーフ チョチョンガチョン」。
このブームの背景には、前年から続く造船疑獄事件で芸者秀駒の名がジャーナリズムを賑わし、それが映画にもなったため、世間の関心が花柳界に集まっていた、ということもあります。
それが証拠には青木はるみのビクター盤「野球けん」のカップリング曲(A面扱い)はズバリ「芸者秀駒」でした。
青木はるみですがこの方は青木光一の実の妹さんです。当時、新東宝の所属でもあったそうですから、同社の作品である「芸者秀駒」に出てても不思議じゃないんですけど、残念ながら未確認です。
花井真里子の「野球拳」はキングの音源です。おそらく昭和40年代後半~50年代頭くらいの録音でしょう。

1979年(たぶん)、CBS・ソニーが野球拳のカラオケを発売したことがあります。その元となったのは青木はるみのバージョンです。編曲者に渡す資料として、競作盤で一番出来がよかった青木盤を提供したのは私でした。
昭和29年の野球拳ブームは知らなくとも、1969(昭和44)年の「コント55号!裏番組をブッ飛ばせ!!」を覚えている人は多いでしょう。ほんとに裏の「天と地と」を数字で抜いたことがありました。
え? 見た覚えがない? じゃ1982(昭和57)年の「JTB 冬の宿ホクホクキャンペーン」のテレビCMで野球拳をやってたはどうでしょう?
それが呼び水になったか知りませんが、1984(昭和59)年のCM「わかめ王風麺」では坂上二郎本人が出演し、野球拳の替え歌に合せて久しぶりにあのゴーゴーダンス(?)を披露していました。
そしてさらに1993(平成5)年の大晦日に放送された「日本テレビ開局40年・スーパー電波バザール・年越しジャンボ同窓会」では「裏番組をブッ飛ばせ!!」のセットを再現したスタジオに坂上二郎が登場し、岡本夏生らを相手に汗だくでハッスルしてました。
さらにさらに、2006(平成18)年3月13日オンエアのテレビ朝日スーパーモーニングが「“全裸”野球拳に納得できない 雲仙市議 研修の実態」の題でリポートをしてましたが、、、これについちゃ差しさわりがあるでしょうから、内容は書きません。

以上、野球拳ばんざい、野球拳フォーエバーのコーナーでした。

スリー・ファンキーズ「駅前音頭」は東宝同名映画の挿入歌です。盆踊りのシーンで歌ってましたね。
坂本 九「結構だね音頭」は日本テレビ「九ちゃん」の番組オリジナル曲。こちらは歌ってる映像を見た記憶がありません。
さて、前のほうで私は「駅前音頭」も「結構だね音頭」もお座敷ソングではないと書きました。じゃぁ何で「お座敷ソング特集」でこれをかけたかと申しますと、
私(ひそ)かに淑(よし)と仰ぐところの大滝詠一の、
かの名番組「ゴー!ゴー!ナイアガラ」の「お座敷ソング特集」のラストが「九ちゃん音頭」だった「故事」に倣ってのことでした。
「九ちゃん音頭」は楽曲としては大変優れていますがどうも現実に引き戻されるところがある。「粋」ではない。その点「結構だね音頭」はただただお目出度い歌で、
内蔵助の祇園一力茶屋での放蕩三昧、紀伊国屋文左の吉原貸切の御大尽遊びにも通ずる、はかなくも美しい虚構性に満ち充ちている。当然「お座敷ソング特集」なる「宴」を締めくくるにふさわしい唄であろうと。

かくして昭和57年12月17日の大放送は上上吉(じょうじょうきち)のお開きを迎えたのでありました。

◆私が推薦するそのほかのお座敷ソング

(上左)SP歌詞カード表1「ゴジラさん」青木はるみ c/w 「うちのアンギラス」野沢一馬、青木はるみ
(上中)SPレーベル部分「ゴジラさん」青木はるみ
(上右)そのB面「うちのアンギラス」野沢一馬、青木はるみ 1955年6月
完全に大人向けの歌。

(上左)SPレーベル部分「こんなベッピン見たことない」神楽坂はん子
(上右)そのB面「キャバレー心得帳」若山彰
1954(昭和29)年、大映「こんな別嬪見たない」の主題歌。
神楽坂はん子については
more register movement » トニー・ザイラー死去
で少し触れました。
私が推薦したいのはB面の「キャバレー心得帳」のほうです。
ホステスの手練手管に気をつけろという内容でして、お座敷を舞台としていないため、広義の「お座敷ソング」としても、ギリギリセーフといったところかもしれません。

(上右)SPレーベル部分「ツーてばカー」林家三平
(上右)そのB面「おこちゃのチャ」林家三平
1958年10月、東宝名人会で真打披露高座が行われ、KRテレビ(TBS)で生中継されました。ネタは「ロカビリー」。
♪死んでも汽車を放さない地獄の底まで乗ってゆくアー♪……なんて落ッこっちゃったなアイツ、もしもし落ッこっちゃった人、ズボンにこんな大きな穴開きましたよ、♪ダイアナァ~(爆笑)
このSPレコードもだいたいそのころのものでしょう。
私のお気に入りはB面の「おこちゃのチャ」。お座敷ソングらしい曲調になってます。

(上左)シングル「ステテコ節」玉川福太郎 c/w 「可愛いトラさん」白根一男
♪ドンブリバチャ ウイタウイタ ステテコシャンシャン
そう、「日清のどん兵衛」CMで山城新伍と川谷拓三が歌ってたアレです。

(上右)シングル「ヤエちゃんのヤットン節」 c/w 「ヤエちゃんのおこさ節」若水ヤエ子 1959年10月
久保幸江がヒット曲にした俗謡「ヤットン節」を、おヤエさんが東北訛りで歌ってます。

(上左)シングル「あほだら音頭」 c/w 「イッチョネぶし」三笛のり子 1967年1月
推薦曲はB面「イッチョネぶし」。
A面の「あほだら音頭」は先代の昔々亭桃太郎(せきせきてい・ももたろう)と三笛のり子の歌で、アホンバダンスと称する振り付けがついています。これはお座敷ソングというより、落語家が寄席でやる余興の部類で、明治13年の三遊亭万橘「ヘラヘラ踊唄」、三遊亭円遊「ステテコ踊唄」あたりをご先祖とするものでしょう。
ちなみにこの先代は柳家金語楼の弟(山下敬二郎の叔父)で、ジャケット写真をみるとやはり似てます。

(上右)シングル「ツキツキ節」 c/w 「ホンコの恋ならドンと来い」畠山みどり 1963年7月
A・B面ともになかなかいいですね。
B面のタイトルはこの人の作品ならではの、何が何して何とやらのシリーズ。「恋は神代の昔から」「聞いて頂戴この話」「船は出てゆく煙は残る」「男心と秋の空」「あんたこの世へ何しにきたの」「バカはバカでも粋なバカ」「ちょうど時間となりました」等々、たくさんあります。

(上)10インチLP「忙しくても来てね ――五月みどり愛唱歌集第二集――」
五月みどりは「お座敷ソング」の宝庫です。このLPでは「いいじゃないの」「愛してやんない」「ポン・チーの恋」「テケレツのオッパッパドン」がおススメ。
お座敷ソングでは、「いいじゃないの へるもんじゃないじゃないの」といった印象的なフレーズや俗謡に多く見受けられるような囃し言葉が重要な要素であることが分かります。

(上左)シングル「ブンガチャ節」 c/w 「泣き虫横丁」北島三郎 1962年6月
(上右)シングル「九ちゃん音頭(それが浮世と云うものさ)」坂本 九、ダニー飯田とパラダイス・キング c/w 「何処かでだれかが」坂本 九
大滝詠一は「ゴー!ゴー!ナイアガラ」の「お座敷ソング特集」でこの2曲を聖なる「お座敷ソング」に列したわけですが、私は入門もしてませんが破門覚悟でこの2曲を「チャンチキおけさ」の系列に別けたいと思います。にも関わらず「私が推薦するそのほかのお座敷ソング」で取り上げてるわけですが(笑)

(上左)シングル「天下取るよな男なら」 c/w 「あんた本当に物足んない」三沢あけみ 1963年
♪○○ってみしゃい
(上右)シングル「よさこい与三さん」 c/w 「男でしょ」三沢あけみ 1964年
♪ホンニよさこい
この2曲も「ゴー!ゴー!ナイアガラ」の「お座敷ソング特集」でかかってました。

(上左)シングル「父恋し」 c/w 「ホームラン酒場」三沢あけみ 1963年
♪ぐーいぐい
(上右)シングル「ゾッコン作戦」 c/w 「本気なの」三沢あけみ 1968年6月
♪ゾッコンコン
私の亡父は三沢あけみのファンでした。あの明るいお色気が好きだったようです。
この人の歌には楽しく盛り上がるようなものが多くあっていいですね。
難を云えば「粋」な感じが少し足りないかもしれません。「五月みどり・小松みどり」と「畠山みどり・水前寺清子」の中間からチョイ五月寄りといったところでしょう。

(上左)シングル「ビューティフル小唄」 c/w 「二人になれたら」三沢あけみ
♪ビューティフルフル
「モーレツからビューティフルへ」の「ビューティフル」です。経済繁栄の自己陶酔でお花畑にいるような幸福感を味わっていたころの「時代の空気」が伝わってくるようです。このあと日本人は石油ショック・ドルショックの冷水を浴びせられることになります。

(上右)シングル「ホラホラ節」 c/w 「鉄砲小唄」松山恵子
推薦曲はB面の「鉄砲小唄」。この鉄砲は「下手な鉄砲も数打ちゃあたる」の鉄砲。
関連はありませんが山本リンダの「狙いうち」をふと思い出しました。

(上左・上右)シングル「お座敷小唄」和田弘とマヒナ・スタース、松平直樹、松尾和子
お座敷ソングを1曲挙げろといわれれば、これでしょう。タイトルにお座敷とあるからじゃありませんよ。お座敷ソングの定義・諸条件をすべて備えていて、なおかつ名曲なんです。
この唄、テイチクの新人歌手 久美悦子が新しい歌詞でタイトルも「裏町小唄」と変えて競作盤を出してます。

(上左・上右)シングル「まつのき小唄」 c/w 「ウルトラCでやりましょう」二宮ゆき子 1965年
お座敷ソングのナンバー1が「お座敷小唄」ならナンバー2はさしづめ「まつのき小唄」でしょう。マヒナの「お座敷小唄」同様、ドドンパ調のアレンジとなっております。
東芝の朝丘雪路のほか、サイパン出身のハワイアンシンガー「笑わない」「くどきの歌手」三島敏夫が「松の木小唄」として競作盤を出してますね。
二宮バージョンのB面は「ウルトラCでやりましょう」。東京オリンピックで連発され流行語にもなった「ウルトラC」をさっそく取り入れてつくった曲で、個人的にはA面より、こちらのほうがお座敷ソングとしては気に入ってます。
ちなみに三沢あけみがやはり65年に「アリューシャン小唄」をリバイバルさせてます。

 

(上左)シングル「だってホステスだもん」小城千恵 c/w 「船場のド根性」本多たけ志
「だってホステスだもん」は傑作です。
お座敷ソングの曲調ながら歌の主人公は「ホステス(社交さん)」。ホステス自体は戦前すでに「酌婦」「女給」の名で存在してましたが、このレコードの時代(おそらく1960年代後半)は、キャバレーチェーンのホステスが夜の社交界の花形で、この歌のホステスも多分それでしょう。さすがに高級クラブの雰囲気じゃない。
この曲、「お座敷ソング」の部類にねじ込むのはいささか気がひけますね。「お座敷ソング」の周縁をただよう「ピンクムード」の「お色気ソング」、とでもしておきましょうか。
ホステス気質を歌ったものでは、内海一郎「道頓堀行進曲」の二コーラス目、あるいは前出の若山彰「キャバレー心得帳」、中川レオ「カモネギ音頭」のように本性を暴露するものは少数派で、ワケあって夜のお仕事してるけどこう見えて実は純情・一途なのよ的な「演歌」が大半を占めています。その嚆矢は1930(昭和5)年発売の羽衣歌子、藤本二三吉「女給の唄」あたりでしょう。

(上右)シングル「貴方奥さんいるんでしょ」 c/w 「許せないわ」椿 麻美 1966年1月
一流会社の課長が、指輪を買ってあげよう、所帯を持とうと迫る。それに対して女性が「貴方奥さんいるんでしょ」。でもその次の言葉がない。分かっていて二号に収まるのか、本妻でなきゃいやなのか。女性は芸者かホステスか、どのみちシロートじゃありません。
歌ってる椿 麻美はテイチクからローヤルレコードへ移った人でした。この方についてはある種の未確認情報があって、ずっと気になってます。

(上左)シングル「女の人に申します」 c/w 「恋は思案の帆掛け舟」名城かつ子
前作「男の人に申します」 c/w 「袖すりあうも他生の縁」と一対になっている企画。
B面の「恋は思案の帆掛け舟」が私のオススメです。

(上右)シングル「男のいない国へ行きたいな」 c/w 「私は火の鳥恋の鳥」加川淳子、小松おさむとダークフェローズ 1968年5月
島倉千代子の「ほんきかしら」(ヤング・トーンズと共演)「ほれているのに」(ドライ・ボーンズと共演)の路線ですねこれは。
男たちの合いの手が秀逸で笑えます。加川淳子もかなり甘ったるく声をつくっていて、聞いてると綿飴に頭を突っ込んだ気がしてくる(笑)
小松おさむとダークフェローズには「庄内ブルース」というヒット曲があるようですね。

(上左)シングル「まるまるちゃって」 c/w 「切ないじゃんか」西 夏絵
分かったようで分からないナンセンス調のお座敷ソング。この強烈な個性は、都はるみの「困るのことヨ」以来でした。

(上右)シングル「だめ」河野千重 c/w 「だめ(カラオケ)」 1986年
8cmCDシングルが登場する2年前のレコード。
丘灯至夫、市川昭介のベテランコンビの手になるだけあって、最後まで楽しく聞けます。
ジャケットイラストは根本敬。

 

◆期待してたのにハズレだったお座敷ソング

ついでですから(笑)

(上左)SPレーベル部分「お座敷ゴルフ」 c/w 「思いかけはし」神明一二三 1959年6月
ゴルフクラブの話が出てくる小津の遺作「秋刀魚の味」は1962年の作品。大会社の平社員がようやくゴルフの道具をそろえようかというころです。
このSPが出た1959年なら、グリーンに出るのはまだ重役クラスでしょう。お座敷に道具を持ち込むのもそういう人たちですね。

(上右)SPレーベル部分「トコトン節」久保幸江、加藤雅夫 c/w 「まぼろし慕いて」岡本敦郎
「トコトン節」は松竹映画「相惚れトコトン同志」主題歌
軽佻浮薄派を自称する川島雄三監督をして「こういうものも、自分でやりたくてやった作品じゃありません」と言わしめた作品だけに、その主題歌には期待してましたが、どうもピンときません。

SPレーベル部分「爪弾きタンゴ」 c/w 「芸者フラ」神楽坂はん子

(上)SPレーベル部分「爪弾きタンゴ」 c/w 「芸者フラ」神楽坂はん子 1954年12月
「芸者フラ」にはスカされました。ハワイアンの流行をふまえての企画だったんでしょうけど。

(上左)シングル「貴方ほんとにニクラシカ」 c/w 「慕情の港」岸 信子
「ニクラシカ」って熊本の方言でしょうかね。

(上右)シングル「お酒でウットリ キッスでネットリ」 c/w 「さかずき艶歌」葵 美千代
曲名といいジャケット写真といい、ものすごく期待させるものがありました。
とことんイヤラしく淫靡(いんび)なムードに徹してるんじゃないかと。
レーベル名は「太洋レコード」。品番がTA-1016ですから、まんま信じればこのレコード以前に15枚のシングルが太洋レコードからリリースされてる可能性が高い(笑)
A面は最後の行が「なんてまがいゝんでしょ」で統一されてます。
これは1911(明治44)年の流行語ですね。かつまた流行り歌「間がいいソング」を踏まえたものでもある。
その直前は「ほんとにそうなら」というフレーズ。おそらく赤坂小梅のデビュー盤「ほんとにそうなら」をリスペクトしてるんでしょう。
ついでにその直前の「アーラ」なる感嘆詞は、藤本二三吉が歌った松竹映画「あら!その瞬間よ」の主題歌「アラその瞬間よ」に着想を得たものかもしれません。
どぉーも私にはそうとしか思えない。きっとそうでしょう……いや、モウそうにキマッタ!

(上左)シングル「みかん小唄」 c/w 「にくらし小唄」司まゆみ 1976年9月
童謡「リンゴのひとりごと」のように、「わたしはあなたのみかん」だと称し、「きれいにむいてほしい」云々と歌ってます。
この企画、時代が76年ですからねぇ、あんがい中高生あたりをターゲットにしてたのかも。

(上右)シングル「カラオケ音頭」 c/w 「日本一音頭」神楽坂かおる 1982年
音頭といっても振り付けはありません。曲も凡庸。
芸者歌手が「カラオケ」讃歌を歌っているという、ある意味象徴的な作品なので、あえてスカの部で取り上げた次第です。
1982年はパイオニアがLD(レーザーディスク)で「絵の出るカラオケ」を発売した、カラオケ史でも重要な年でした。世界初のCD音楽タイトルが日本でCBS・ソニーから発売されたのもこの年です。
それにしても、芸者さんがお客とカラオケでデュエットしたりするというのは、芸者という業態の崩壊を意味してるんじゃないでしょうか。和装のホステスとどこが違うのか。そういえば当時、コンパニオン芸者という言葉もあったような。

――――――――――――――――――――――
SONO-COLOアワー
1982(昭和57)年12月24日放送 第55回
タイトル「 A LONG Winter VACATION (ACT 4) 」
――――――――――――――――――――――

この回はクリスマス・ソング特集です。
曲目リストは以前に載せてますので、そちらをご参照下さい。

 

追加記事

2010/02/24 27:05~27:40放送
テレビ東京 ドラマシリーズ『秘書のカガミ』第8話
で、安めぐみ演じる主人公加賀見優が野球拳で人命救助をするシーンがありました。
いちおうジロさんの振り付けを踏襲してます。
(2010年2月24日)

 

「長引く」「取り持つ」「かかる」「つとめる」” への2件のコメント

  1. 来ましたねー。番組内ではタイトルは「I ラブゲイシャ We ガッタ忘年会 Have a Have a カモンレッツお座敷」になってます。
    選曲の内容が近いところなのでいつもは翌週のトーキョー・アフターダークと合わせて聞いています。
    今日の解説はいつになくジャケットの数や取り上げられた曲の数が多いですね。
    好きなジャンルですか。僕も好きです。
    6月25日のビューティフル昭和元禄のナンバーもとりあげていただいて勉強になりました。
    大滝さんがラジオの特番などで必ず最後に言う言葉「楽曲は残る」。
    作者の名であったり作られたエピソードは語り継がれなくともちゃんと
    曲はレコードや楽譜で後世まで残るものなんですね。
    今回のレーベルやジャケット写真を見ながら思いました。

  2. > 「I ラブゲイシャ We ガッタ忘年会 Have a Have a カモンレッツお座敷」

    うわーっ、思い出した!
    いやいや汗顔の行ったり来たり (^^;

    > 好きなジャンルですか。

    好きですねぇ。
    東芝通販商品「笑ケース」制作のために、資料・情報を提供したのは私でした。

    > 後世まで残るものなんですね。

    NHKについては知りませんが、他のラジオ局・テレビ局はヒットしなかったレコードを処分してしまいます。番組制作会社もそうですね。
    驚くべきことにレコード会社に現物が残ってないこともしばしばです。
    ですから大滝さんのような人がいないといけないんですね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*


*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong> <img localsrc="" alt="">