10月11日にテレビ朝日が放送した『007カジノロワイヤル』(Casino Royale)をビデオで観ました。この20年はめったに映画館へ行かないので、映画はもっぱらテレビかDVD。
この2006年の『007カジノロワイヤル』も観たのは今回が初めてです。
原作としては007シリーズの記念すべき第1作であり、3度目の映像化、2度目の映画化ということになりますか。
総体、原作にほぼ忠実だなぁという印象です。
(左)東京創元社刊、イアン・フレミング著、井上一夫訳『007/カジノ・ロワイヤル』1972年10月第42版。カバー写真は1967年版映画のデヴィッド・ニーヴン。
原作はソ連を盟主とする共産主義陣営と米英の自由主義陣営が熾烈な暗闘を繰り広げているという設定の下にストーリーが展開される通俗スパイ小説ですから当然のごとく反共色が強く、たとえば「アカ」という共産主義者の蔑称がセリフによく出てきます。――カポーティの『ティファニーで朝食を』にも「いやな赤」というのがありますがこれは表向きは「不安症」「憂鬱(ゆううつ、メランコリー)」の意味で使われています。
原作の007はあくまでソ連共産党の謀略・陰謀と闘う秘密工作員でして、2006年の『007カジノロワイヤル』では、さすがにソ連云々の設定は無くなってますが、それ以外はおおむね人物も構成も原作どおりとなっております。
ボンドがル・シッフル一味に捕まり、全裸で椅子に縛り付けられて、睾丸を集中攻撃され、想像を絶する激痛に悲鳴を上げ、ついには痛みを通り越して一種のトランス状態に陥るという場面も原作にちゃんとあります。こういうサディスティックなシーンを入れるというのは第二次大戦の前後に隆盛した通俗探偵小説や通俗スパイ小説の常道でして、事実、原作は発表時も、文学的要素のある作品とは見られてませんでした。
2006年版映画の冒頭の追っかけシーンはものすごい迫力です。ダニエル・クレイグの風貌と猟犬のイメージがWってきますね。あれくらいやらないと観客は満足しないんでしょうが、不自然に思える部分もあります。建築工事現場で、ボンドはその建物の設計図がすべて頭に入ってるかのように、この穴を抜ければどこに出るとか、この機械はこの方向に動くとかを、ゼロ秒の判断で走りながら動く。これはスピード感はあるが絵としてのリアリティが無い。映画のリアリティはもとより嘘のリアリティではあるけれど、ギリギリ、ホントっぽく見えないといけませんからね。
1967年の映画『007カジノ・ロワイヤル』は、ご存知のように、世界的にヒットを続ける007映画をコメディ化したパロディ作品でした。
パロディといっても主演級の大スターがそろい踏みしてる大作で、それに合わせてか日本公開時の劇場パンフレットも特大版。私も一冊持っておりますが、しまう場所に困るサイズです。
作風は、いかにも当時のイギリス人の発想という感じで、同年、ジョン・クリーズ、グレアム・チャップマン、あるいはエリック・アイドル、テリー・ジョーンズ、マイケル・ペイリンたちが、モンティ・パイソンの原型を手がけていることとも通底するものでしょう。
ラストは、無声映画時代のスラップスティックとかパイ投げの伝統を感じさせます。それらはアメリカ人が当時すっかり忘れていたものでした。
音楽を担当したのはバート・バカラック。主題曲『007カジノ・ロワイヤルのテーマ』と挿入歌『恋の面影』がヒットしました。
1997年のアメリカ映画『オースティン・パワーズ』はこのパロディ版あったればこそ、でしょうね。
1967年『007カジノ・ロワイヤル』より『ルック・オブ・ラブ 恋の面影』『カジノロワイヤル』
- Dusty Springfield – The look of love
- Nina Somone – The Look Of Love
- Mireille Mathieu – Les Yeux de L’Amour(French Cover)
- Agents & Franck Pourcel – Casino Royale
1967年『007カジノ・ロワイヤル』海外予告編
これも今では知られた話ですが、『カジノ・ロワイヤル』の初映像化は1954年、米CBSが制作した60分枠用のテレフィーチャーでして、すでにビデオソフト化されているため、現在、その一部がYouTubeで見れる状態になってます(著作権の関係で抹消される可能性あり)。
- Casino Royale 1954 – YouTube
- Climax! Casino Royale(TV episode 1954)- IMDb
- Casino Royale(1954 TV)- James Bond 007 Wiki
60年代前半に米英を席巻したスパイものの映画やテレビドラマ。
そのブームに乗って007を茶化す『ダブル・オー・セヴン』なる曲も作られました。歌っているのは、シャングリラス『黒いブーツでぶっとばせ~リーダー・オブ・ザ・パック』のアンサーソング(便乗・パロディ・ソング?)『リーダー・オブ・ザ・ラウンドロマット』を1964年暮から65年1月にかけてヒットさせたデタージェンツ。
メンバーのダニー・ジョーダンは、リー・ポックリスとのコンビで『ビキニ・スタイルのお嬢さん』や『キャッチ・ア・フォーリング・スター』などのヒットソングを作ったポール・ヴァンスの従兄弟だそうです。たぶんユナイトで『ハッピー・エンド物語(Runaround Sue ‘s Getting Married)』を歌ったダニー・ジョーダンと同一人物でしょう。ちなみにモーグ・シンセサイザーでおなじみガーション・キングスレイが書いた1972年ホット・バターのヒット『ポップ・コーン』にダニーが関わってるそうです。
The Detergents – Double-0-Seven(1965)
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こんなんでましたぁ。


(上左)シングル盤『ロシアより愛をこめて』マット・モンロー c/w 『007のテーマ』ジョン・バリー・セヴン楽団
「007/危機一発サウンド・トラック盤」の表示。
(上右)シングル盤『ゴールドフィンガー』 c/w 『そして今は』シャーリー・バッシー
B面はジルベール・ベコー『Et Maintenant』の英語カバー。ちなみにエヴァリー・ブラザースの『レット・イット・ビー・ミー(Let It Be Me)』のオリジナルもジルベール・ベコーの歌。


(上左)シングル盤『ゴールドフィンガー』 c/w 『トルバドール』ジョン・バリー楽団
(上右)シングル盤『007は二度死ぬ』ナンシー・シナトラ c/w 『ジャクソン』ナンシー・シナトラとリー・ヘイズルウッド(リー・ヘイゼルウッド)


(上左)シングル盤『殺しの免許証(ライセンス)』 c/w 『チャールズ・パインのテーマ』サウンド・トラック盤
007の類似企画、1965年のイギリス映画『LICENSED TO KILL』(日本公開1966年)。ジェームズ・ボンドと同じく00(ダブルオー)のライセンスを持つ英国秘密諜報部員チャールズ・パインを演じたのはトム・アダムス。
(上右)シングル盤『ナポレオン・ソロ』 b/w 『ダイナマイト』ザ・クリー・シェイズ
おなじみU.N.C.L.E.のナンバーワン捜査員が活躍するTVシリーズの、その映画版第2弾1965年『消された顔』(The Spy With My Face)のテーマ。B面はクリフ・リチャードのヒット曲『ダイナマイト』のエレキ・バージョン。
The Man From U.N.C.L.E Theme 1964 – 1968


(上左)シングル盤『秘密諜報員(シークレット・エージェント・マン)』 c/w 『ユー・ディグ』ジョニー・リバース
イギリス製のTVドラマ『秘密諜報員ジョン・ドレイク』(Danger Man)がアメリカでSecret Agentというタイトルで放送されたときに作られたアメリカ独自の主題歌。日本ではベンチャーズのカバーでも知られている。
(上右)CD『THE WORLD OF JAMES BOND ADVENTURE! / ROLAND SHAW & HIS ORCHESTRA』
1996年に発売された、1965~71年の録音を集めたCD。
Johnny Rivers – Secret Agent Man(1966)秘密諜報員
Chicchi & Beat Pops – Secret Agent Man
(2009年10月16日)
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ジョゼフ・ワイズマン氏(カナダ生まれの俳優)米ニューヨーク・タイムズ紙(電子版)によると、19日、ニューヨーク市内の自宅で老衰のため死去、91歳。家族が明らかにした。
ジェームズ・ボンドが活躍するスパイ映画007シリーズの第1作「ドクター・ノオ」(1962年)=日本初公開時のタイトルは「007は殺しの番号」=で、ボンドの敵役、ノオ博士を演じたことで知られる。
18年、カナダのモントリオール生まれ。少年時代に家族とともに米国に移住。「革命児サパタ」(51年)、「バラキ」(72年)などの映画に出演。テレビ映画でも活躍した。http://www.47news.jp/CN/200910/CN2009102101000124.html
敵役、それも冷血漢タイプのマッド・サイエンティストの役で世界的有名人になったというのは、いささかお気の毒です。
生真面目な印象の強い、手堅い脇役という感じでした。
72年の『バラキ』は日本公開時に劇場で見てます。
- Actor Joseph Wiseman, Who Played Dr. No Has Died
- Joseph Wiseman, Noted Stage and Film Actor
- Joseph Wiseman, who played supervillain in 1962 ‘Dr. No,’ dies
(2009年10月22日)
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英対外情報部(MI6)の正史が21日、英国で初めて出版された。1909年の創設から49年までの40年間にわたるスパイ活動について、公式文書を基に詳細に解説、英国の有名作家サマセット・モームもスパイの一員であったことが公式に確認されている。
執筆者はクイーンズ大(ベルファスト)のキース・ジェフリー教授(歴史学)。この40年間に限って関連極秘公文書の閲覧を特別に許され、810ページの歴史書を書き上げた。
それによれば、MI6はイタリアの港で船を爆破したり、ナチス指導部の暗殺を計画したり、映画さながらの活動を展開。モーム以外にも「第三の男」で知られる小説家グレアム・グリーン、「ツバメ号とアマゾン号」シリーズで有名な作家アーサー・ランサムらがMI6に所属していた。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100922-00000017-jij-int
ハリー・ライムが観覧車の中で語る人間観。
あれもスパイの経験がベースになってるんでしょうかね。
The Original Checkmates – The Spy
(2010年9月22日)