1956年のコルティナダンペッツォ冬季五輪(イタリア)でアルペンスキー初の3冠王(回転、大回転、滑降)になり、映画俳優としても活躍したオーストリア出身のトニー・ザイラーさんが、24日死去した。73歳だった。AP通信によるとザイラーさんの地元、キッツビューエルのスキークラブが「長い闘病生活の末に亡くなった」と発表した。死因は明らかにしていない。
(中略)
ザイラーさんは59年に引退。前年に西ドイツで製作された映画「黒い稲妻」や、59年製作で主題歌も歌った「白銀は招くよ!」、60年製作の日本映画「銀嶺の王者」などに出演した。国際スキー連盟のアルペン競技委員なども務め、85年には国際オリンピック委員会から五輪活動に功績を残した人に贈られる勲章「オリンピック・オーダー」を受章した。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090825-00000018-maip-spo
『白銀は招くよ』は大好きな歌です。
今後地球温暖化の影響で、北半球の一部が極端に寒くなるということですから、スキーやる人はいいかもしれませんね。
前回にひき続き、SONO-COLOアワー情報です。
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SONO-COLOアワー
1981(昭和56)年12月11日放送 第4回
タイトル特になし。
アバンタイトル:横山エンタツ、花菱アチャコ「早慶戦」の一部
1 ロック・アラウンド・ザ・クロック(Rock Around The Clock)/ソニー・ディー&ヒズ・ナイツ(Sonny Dae & His Knights)
(セリフ)京マチ子 映画「黒蜥蜴」より
2 こんな美男子(ハンサム)見たことない/神楽坂はん子
(セリフ)映画「愛河」より
3 二十四条知ってるかい/守屋 浩
(セリフ)芳村真理、津川雅彦 映画「暴れん坊三羽烏」より
4 なんでもやっちゃおう/中川ゆき、桜井浩子、南弘子
(セリフ)竹腰美代子 ソノシートより
5 Sparkle And Shine/キャッシー・ヤングとジ・イノセンツ(Kathy Young with The Innocents)
(ドキュメント音声)雪山遭難 「朝日ソノラマ」より
6 白銀は招くよ/和田弘とマヒナ・スターズ、スリー・グレイセス
(この回は時間オーバーのため、後枠は割愛された)
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1曲目、『ロック・アラウンド・ザ・クロック』の元バージョン。
(左)SP盤『こんな美男子見たことない』の歌詞カード。
『こんな美男子見たことない』は、はん子姐さんの「こんな○○見たことない」シリーズの一曲。
1952(昭和27)年、松竹が『こんな私じゃなかったに』を映画化し8月に、新東宝が『芸者ワルツ』を10月にそれぞれ封切りしてまして、
それから少し間があいて、1954(昭和29)年、大映『こんな別嬪見たことない』の主題歌として同名の曲が用意された、という流れになっています。
大映は同じパターンで同年5月15日『こんな美男子見たことない』を、同年7月『こんなアベック見たことない』を、同年9月に『こんな奥様見たことない』を公開しております。

『二十四条知ってるかい』は1960年5月発売の10吋LP『守屋浩 青春をうたう』(下)から。
折しも60年安保闘争が高潮のように盛り上がった時期でした。

『なんでもやっちゃおう』は、1963(昭和38)年12月公開の東宝『お姐ちゃん三代記』の挿入歌で、中川ゆきのシングル盤『今度逢ったら』(右)のB面でした。
歌は次期チャン姐トリオと目された東宝3チャピーズ(南弘子、中川ゆき、桜井浩子=写真下)。A面と同じく青島幸男・萩原哲晶のコンビが作詞・作曲を担当したハッピーで元気いっぱいの和製ポップスでした。
映画は1959(昭和34)年10月に公開された松竹の『三羽烏三代記』の企画のいわば東宝女性版ともいうべきもので、中島そのみ、重山規子、団令子の元祖お姐ちゃん(チャン姐)トリオを中心に、その上に扇千景、越路吹雪、草笛光子、下に中川ゆき、桜井浩子、南弘子の三人組をそれぞれ配した歳末シーズンに相応しい、賑やかなコメディ作品でした。
このあと中川ゆきは1964(昭和39)年に『東京スカ娘』を、南弘子は1967(昭和42)年に『夜霧の青山通り』のレコードを出してますが、女優業の方では桜井浩子がテレビの円谷プロ特撮シリーズで一頭地を抜いた観がありました。

この写真の南弘子(左の指差してる人)はちょっと華原朋美に似てませんか?
(左)現代芸術社刊ソノシート SONO-JOURNAL50『新しい美容体操』
構成:竹腰美代子、ピアノ:中野芙美子、協力:日本放送教会
1963(昭和38)年1月1日発行。
NHKの『美容体操』は最初は1954(昭和29)年4月12日スタートのラジオ番組で、竹腰美代子(1930―2001年)は当初より講師を務めていたようです。前年、伊東絹子がミス・ユニバース3位入賞をしたことと折からの投資ブーム・消費ブームで、世の女性たちもプロポーション作りにお金と神経と時間を使うようになりました。
そしていよいよテレビ時代に突入。NHK『美容体操』もテレビ番組となり、竹腰美代子の存在が大きくクローズアップされることとなりました。1962(昭和37)年には東京産経ホールで『竹腰美代子と体操一九六二』という日本初の体操ショーが催され、大入りだったと伝えられています。
(右)米シングル盤『SPARKLE AND SHINE』Kathy Young with The Innocents
リヴィリアズ(The Rivileers)1954年のヒット『ア・サウザンド・スターズ』のカバー(お星さまがいっぱい)で1959年チャート第3位に輝いたキャッシー・ヤング&ジ・イノセンツ。
この曲も同じインディゴ・レコードでの録音ながら、ヒットはしておりません。
バックコーラスを務めた3人組ジ・イノセンツのジム・ウエスト(Jim West)はその後、ゲイリー・ルイスとプレイボーイズに参加し、キャッシーはウォーカー・ブラザーズのジョン・ウォーカー (本名:ジョン・マウス)と結婚しています。
私の持っているこのシングル盤はカリフォルニアの Starfire Records がリイシューしたものでして、なんと盤面が真っ赤っか、ジャケットはご覧のとおりあくどい色使い。売る気があるのか、という気がします(笑)
(左)朝日ソノラマ1961(昭和36)年2月号
雪山遭難のドキュメント音声は1961年1月21日発行 朝日ソノラマ2月号の、『ニュース・ルポ 遭難』をソースにしました。
もちろん次の曲の“まくら”としてこういう音を持ってきたわけです。
(右)東和映画提供西ドイツ映画『白銀は招くよ!』主題歌『白銀は招くよ』の日本語カバー(シングル盤)
作詞:井田誠一、作曲:フランツ・グローテ、編曲:寺岡真三
歌:和田弘とマヒナ・スターズ、スリー・グレイセス
発売:1959(昭和34)年
B面はマヒナのリードボーカルで小山田圭吾の父親である三原さと志(1935―2006年)とスリー・グレイセスの『黒い稲妻』。
『白銀は招くよ!』というと実にカッコいいイメージですが、映画の原題は 12Madchen Und 1Mann。つまり12人の娘と1人の男という、なんともキワモノチックなものでした。前年1958年の『黒い稲妻』は恋人のためにスキー競技大会で優勝を目指すという、日本の“若大将”がお手本にしたくなるような青春映画でして、作品としてはそちらの方がいいという人もけっこうおります。