2009/7/31 金曜日

所得倍増時代の遊園地

カテゴリー: broadside ballad — eiji @ 21:32:39

 老舗の遊園地「多摩テック」(東京都日野市)が、この夏を最後に閉園する。高度成長時代から48年間、2世代、3世代の子供と大人に夢を与え続けてきた“乗り物の殿堂”が姿を消す。ここを支えてきた136人(7月現在)の従業員たちには閉園後、三重など他県の事業所への配置転換が待っているが、どんな思いで働いているのだろう。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090731-00000572-san-soci

昭和36年10月に開園した多摩テック。山上園長は23年間にわたり30種類の乗り物を手がけてきた。「実体験を重視する多摩テックの乗り物だからこそ、ゲームなどでは味わえない達成感や悔しさを感じられる」という。

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/living/hobby/250139/

家から比較的近いところに『多摩遊園』『多摩川園』『向ヶ丘遊園』という小さいのがありましたが、あの時代、東京郊外の遊園地といえば、『よみうりランド』『多摩テック』『東京サマーランド』でした。
わたしは3つとも行っております。
『船橋ヘルスセンター』はかなり遠いので1回だけ「大滝すべり」を体験するため、朝から出かけていったことがありました。
『横浜ドリームランド』『小山ゆうえんち』はCMじゃよく見かけましたが、どういうワケか行かずじまい。
『後楽園ゆうえんち』はともかく、『としまえん』『浅草花やしき』などは関心外でしたねぇ。
『浅草花やしき』に初めて足を踏み入れたのは十年ちょっと前だし、『としまえん』はいまだにどこにあるかさえ分らない(笑)、いやホントの話。

多摩テックは、当時はゴーカートやそれを改造した乗り物が多く、小学生向きじゃなかったですね。
1970年の大映=ダイニチ映配『裸でだっこ』(監督:湯浅憲明)とか、映画にもちょこちょこ登場してました。
1996年の正月、観覧車が12時間止まったという不祥事があったのが、最後の話題という感じでしょうか。

一方、よみうりランドは多摩丘陵の上にあって、広大な敷地ながらきれいにガーデニングもされていて、ファミリー向けでした。
こちらもよくロケ地になってましたよ。
1967年の東京映画=東宝『喜劇 駅前百年』(監督:豊田四郎)、1968年の渡辺プロ・東京映画=東宝『ドリフターズですよ!冒険冒険また冒険』(監督:和田嘉訓)なんか、そうですね。

東京サマーランドだと、1967年の松竹『喜劇 一発勝負』(監督:山田洋次)、1969年の日活『恋のつむじ風』(監督:鍛冶昇)に確か出てきたように記憶してます。

結局、東宝、日活、大映、国際放映、東映、松竹といった撮影所から近い場所にあり、タイアップの歌手出演シーンが作りやすい、ということだったのでしょう。

 

アイガッチューベイブ

カテゴリー: broadside ballad — eiji @ 0:56:35

国際宇宙ステーション(ISS)から離れて飛行中の米スペースシャトル「エンデバー」に乗り組む若田光一さん(45)は30日未明(日本時間同日午後)、九州大時代に知り合って結婚したドイツ出身の妻シュテファニーさん(44)が選んだ曲で起床した。
(中略)
 宇宙航空研究開発機構によると、この曲「アイ・ゴット・ユー・ベイブ」は、1993年の米映画「恋はデジャ・ブ(邦題)」で使われた。シュテファニーさんは「何週間も打ち上げが遅れたため、この曲で毎朝目覚め、全く同じ日を繰り返し過ごすこの映画の主人公の運命を思い出しました。この曲を聞いて、夫が笑顔になることを願っています」との談話を明らかにした。

http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2009073000700

『恋はデジャ・ブ』はたぶん見てないと思います。
ソニーとシェールの『アイ・ゴット・ユー・ベイブ』(制作・作詞・作曲:ソニー・ボノ)が主題歌として使われてることも知りませんでしたが、だいたい80~90年代にかけて、60年代のヒット曲を主題歌に使う例が多かったですから、これもそのひとつでしょう。

ソニーとシェールはアトランティックが若い人向けに売ろうとしたデュオで、ヒッピー~フラワーチルドレン・スタイルは形だけのものでした。二人は風変わりな年の差カップルとして主にテレビの世界でポップスターになりましたが、シェールが単独で歌手・女優として更なる成功を納めることができたのは、相方ソニー・ボノ(1998年死去)やフィル・スぺクターの力というより、けっきょく本人の天分と努力によるものでしょう。

今、ソニー&シェール名義の一連の作品をトータルで聴きなおしてみるとコンセプトやスタイルが一貫しておらず、――それは表現者でありながら作り手でもあったボノの音楽遍歴の投影でもあったのでしょうが――、あの時代を象徴する歌として残ったのは出世作の大ヒット『アイ・ゴット・ユー・ベイブ』くらいかなぁという印象です。
だからこそ逆に、ボノ一代の名曲だった、とも云えるでしょう。

 
 

ジミヘンやクリームはそれなりに日本でウケたのに、なんでグレイトフル・デッドはイマイチだったんだろうと考えていました。
似たような例では顔も声も超シブいジョニー・キャッシュという人がいました。その持ち歌はメロディではなく詞が中心。詞の内容が分らないとぜんぜんつまらない。たとえ分ってもその民族・その国民――民俗性を共有する集団じゃないとピンとこない。そういう音楽って世界中にありますよね。

じゃグレイトフル・デッドは?
いろんな音楽の要素を包摂しているにせよ、やはりカントリー、ブルーグラスの要素は色濃く、そこにアドリブ演奏やサイケデリックのムードを持ち込んだ感じ。このスタイルが当時のアメリカのティ-ンにウケたというのがまた分らない。
そもそもカントリーやカントリーロックは日本ではあまり好まれていないということはあります。

昭和20年代後半から30年代初頭にかけて日本でカントリー&ウェスタンのブームがありましたが、実は人気のあった曲は西部劇の主題歌であったり、カントリー調のポップソングであったり、いわゆるウエスタンと呼ばれる広義のカントリーソングでした。本格的なブルーグラスやヒルビリーはやはり一般大衆の好むところではなかった。
グレイトフル・デッドの音楽もそういう部分で、日本の大衆の好みとは少しズレていたのかもしれませんね。

 

2009/7/26 日曜日

納涼か避暑か

カテゴリー: broadside ballad — eiji @ 3:57:19

納涼盆踊りと書いてある立て看板を見かけました。
涼を納めると書いて「納涼」、、、よく考えるとナンだろうと思いませんか?
避暑って言葉もありますよね。
納涼と避暑、どうちがうんでしょう。

広辞苑第二版補訂版第三刷によれば
――――――――――――――――――――――
【納涼】
ナフリヤウ
暑さを避けて涼しさを味わうこと。すずみ。

【避暑】
涼しい地に転地して暑熱をさけること。
――――――――――――――――――――――
となってます。

避暑では避暑地への「移動」が必須のようです。
一方、納涼は動いてもせいぜいご近所でしょう。
奇に畏き止ん事無い方々、ブルジョワやプチブルのみなさんは「避暑」、庶民は「納涼」ということになりそうです。

090726_01(左)角川文庫 スローン・ウィルスン著、吉田勝江・赤 冬子訳『夏の日の恋』1971年10月第6版
1958年に出版された小説(原題 A Summer Place)で、翌59年、ワーナーブラザースがサンドラ・ディー、トロイ・ドナヒュー主演で映画化。パーシー・フェイスがマックス・スタイナーの主題曲『夏の日の恋』を流麗なストリングスによるロッカバラードにアレンジして、これも世界的な大ヒットとなりました。
1960年日本公開時の邦題は『避暑地の出来事』。この時点では「バケーション」「バカンス」はまだ流行語にはなっておらず、「避暑」という古風な言い方のほうが大衆によりアピールしたようです。
ちなみに小説・映画の舞台となった避暑地は、アメリカ・メイン州パイン・アイランドでした。

納涼と書いて「のうりょう」の外に「すずみ」とも読みますが、すずむは「涼む」です。
さすがに若い人たちにも「オレさー、軽井沢へ避暑ッちゃってさー」なんていう人はまだおりません。

類語に「暑気払い」「暑気下し」「追涼」「探涼」「乗涼」「逐涼」
時刻によって、「朝涼み」「夕涼み」「晩涼(ばんりょう)」
場所によって、「門涼み(かどすずみ)」「屋根涼み」「下涼み」「縁涼み(えんすずみ)」「端涼み」「庭涼み」「岡涼み」「土手涼み」「橋涼み」「浜涼み」「浜納涼」「川涼み」「舟涼み(ふなすずみ)」「寺涼み」
などがあり、
そのためのアイテムとして、かつては「涼み台」「涼み舟」などが用意されていたそうです。

氷が貴重品だったころの人たちはそれなりに智恵をめぐらしたようで、
恐いストーリーの「涼み芝居」「夏芝居」、寄席の「怪談噺」、遊園地の「お化け屋敷」なども、感覚的には暑気払いでしょう。

    聞えざる涼み芝居を唯見をり   高浜虚子
    怪談が好きで欠かさず夏芝居   河崎晏子

CD「悲しき夏バテ」布谷文夫70年代「夏バテのブルース」を聴いてみた
2009年7月25日
初リリースは1973年とのこと。
それが、「日本のロックシーン黎明期の音を次世代に伝える」をテーマにしたシリーズ「NAKED LINE」の第2弾として2007年4月に再リリースされたのだ。
アーティストは、布谷文夫(ぬのやふみお)氏。「ナイアガラ音頭」で有名だとか。ブルースクリエイションというバンドの元ボーカリストでもあり、『悲しき夏バテ』は初ソロアルバム。そして、プロデューサーは、なな、なんと大瀧詠一氏。意外にも、ビッグな人が関わっていた。
アルバムを聴くと、ブルースソングばかり。収録曲の中で夏の暑さに触れているものは『夏バテ』だけ。その『夏バテ』もやはりブルースで、布谷氏がふとい声で強烈にシャウトしているのが印象的。

http://www.excite.co.jp/News/bit/E1248142700607.html

「なな、なんと大瀧詠一氏」と言う人が、布谷文夫の名を知らぬはずはないわけで。
「夏バテ」はいつごろから使われ始めた言葉でしょうか。少なくとも昭和30年代までは暑気中り(しょきあたり)、暑さ負けでしたよね。

 

2009/7/25 土曜日

自警団の恐怖

カテゴリー: broadside ballad — eiji @ 3:05:11

移民を巡る社会問題が先鋭化しているイタリアで、違法移民をかくまう市民には禁固刑を科し、自警団による巡回を合法とする治安法が施行された。
(中略)
 イタリアでは戦前のファシスト政権下で、自警団がユダヤ人や共産党員を弾圧する事件が多発した。治安法導入は、むしろ外国人排斥の風潮を助長する恐れが指摘されている。
(中略)
 イタリアには合法滞在の外国人約400万人のほか、約100万人の不法移民がいるが、統計上、犯罪は年々減っている。にもかかわらず、ベルルスコーニ政権は発足当初から「外国人犯罪の増加」に焦点を当て、治安悪化を説いてきた。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090724-00000033-mai-int

もちろん自警団の恐怖を味わったことはありません。
でも類推・想像はできます。
フレドリック・ブラウンの多元宇宙ものの傑作SF『発狂した宇宙』(What Mad Universe)の第5章に登場する「夜行団」。あの恐ろしさは自警団のリンチの恐ろしさに通ずるものがあるんじゃないでしょうか。
上掲の記事を読んで、ブラウンのもうひとつの傑作長編『火星人ゴーホーム』(Martians, Go Home)もただちに連想しました。
作中で語られている、文化や思考形態の異なる異星人(エイリアン)への不安・恐怖・怒り・敵意は、実は異邦人(エイリアン)に対する感情と大差ないのではないか、そう考えるとこの作品が移民問題の本質にも触れている、と思えてくるのです。

フレドリック・ブラウン自身はアメリカ生まれですから、ムッソリーニ時代のイタリアの自警団について、体験があったわけではないでしょう。
ただ、似たような話は戦前から戦後の赤狩り時代にユダヤ人排斥という形で米国にもありましたし、当然、南部を中心とする黒人差別、西海岸を中心とした黄禍論についても知ってたはずで、そうした知識・理解が作品に投影されている可能性は大いにあると思います。

090725_01090725_02

(左)ハヤカワ文庫『発狂した宇宙』訳:稲葉明雄、1979年第6刷
(右)ハヤカワ文庫『火星人ゴーホーム』訳:稲葉明雄 1981年第7刷

 

2009/7/24 金曜日

地デジの朝は来るのか?

カテゴリー: broadside ballad — eiji @ 15:27:42

サブちゃんが「地デジで元気音頭」 「完全移行推進の集い」で
 北島さんはボランティアでPR活動に参加しているが、「日ごろ、テレビにお世話になって、テレビのおかげで北島三郎も売れました。お返しするのは当たり前です」と説明。キャンペーンソングも自ら作曲しており、「少しでも歌を通じて地デジを知ってもらって、元気になってもらいたい、明るくなってもらいたい。そして暗い日本がぐーんとよくなってもらいたいとの気持ちでやりました」と、曲に込めた思いを語った。

http://sankei.jp.msn.com/entertainments/entertainers/090724/tnr0907241249007-n1.htm

役割としては非常時における国民精神作興を推進した“国民歌謡”のようなものでしょう。
「朝だ元気で」「歩くうた」「めんこい仔馬」「愛国行進曲」「紀元二千六百年」「暁に祈る」「隣組」などは、その歌詞の是非はともかくとして、時代を超えて、あたかもフラッシュバックするように、機会あるごとに私の脳裏を駆け巡ります。
サブちゃんのもそれくらいアピールできれば成功でしょうけどね。

私は地デジ移行を機にテレビ視聴をスパッとやめたらいいと思ってます。
生活情報はテレビばかりじゃありませんし、老人が部屋にこもって終日テレビと向かい合っているのは健康に良くありません。若者ならなおさらだ。
そんな時間があったら、友人に会うとか、本を読むとか、スポーツをするとか、旅行に行くとか、ボランティアに参加するとか、もっと有意義な時間の使い方があるはずです。
人生は短い。
残り時間をテレビ様に捧げるほど、みなさんはヒマですか?

 
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