お名前ソング、追悼ソング (1)

漣健児訳詞の『トランジスター・シスター』って聴いたことありますか?
歌の中に、当時の若手人気歌手の名がたくさん出てきて、これがなかなか面白いんです。
九ちゃんは坂本九、加代ちゃんは森山加代子、みどりちゃんは田代みどり、では謙ちゃんはというと、飯田久彦と同じコロムビア所属の北原謙二でした。
そういうふうに人気スターの名前がいくつも登場したり、曲名やそのさわりが出てくるパターンは、

リメンバー・ザット・クレイジー・ロック・アンド・ロール・チューン/ザ・シェパード・シスターズ
ディア・ミスター・D.J./ティナ・ロビン  ※再発時に「プレイ・イット・アゲイン」のタイトル。
ティーンエイジ・ヘヴン/ジョニー・シンバル
ロックンロール・リヴァイヴァル/ファイヴ・ディスクス
ヒット・パレード、ニュース、天気予報とスポーツ放送/マーク・ダイニング
ミスター・ソングライター/コニー・スティーヴンス
ウェルカム・トゥ・ザ・パーティ/ピクシーズ・スリー
スイート・ソウル・ミュージック/アーサー・コンレー
ロックン・ロール天国/ライチャス・ブラザース
ロックン・ロール天国/ロニー・キンボール
思い出のロックンローラー/ジェーン・バーキン
One Of The Guys/The Viscounts(ザ・ヴァイカウンツ)
Gonna Get Some Records/Sandy Selsie
King Bee/Jana D’Ora
Celebrity Twist/Rod McKuen
Play Those Oldies, Mr. DJ/Anthony & The Sophomores
Everybody’s Got A Dance/Ronnie Dio And The Prophets
Rock’n'roll I Gave You All the Best Years of my Life/Kevin Johnson
Do you remember/Long Tall Ernie & The Shakers(1977年)
Looking For An Echo/Kenny Vance & The Planotones ※cf.映画『奇跡の歌』(1998年)
Lesley/Muck And The Mires ※レスリー・ゴーア讃歌
Cobra Twist/大瀧詠一
すてきなヒットソング/ダーク・ダックス ※作詞・作曲:竹内まりや
涙のヴァケーション/Mi-ke

など、60年代のリスペクト、オマージュ、オード(頌賦)、アンセム(頌歌・讃歌・奉祝曲)、追悼ソング、トリビュート・ソングに多く見受けられる特徴のひとつでした。
(青空一夜が歌った『タイトルくずし』というのがあります。これは全35曲のヒット曲の題名を綴った歌詞なのですが、ちゃんと歌になってるんですね。人名の折込みでは大正5年の『新磯節』、自動車名では『自動車ショー歌』が有名です)

例えばこういうのもそうです。
(左)クレイグ・ダグラスの『恋のヒット・パレード』(1962年10月)
ゲイリー・クリス『二人のメロディ』の英国カバー盤。
レコードショップから聞こえてくるのは二人が夢中になった恋の歌、ラジオをつけても流れてくるのは二人が大好きだった切ない失恋の歌、あゝ辛くなるからやめてくれ、というシチュエーションで、当時のヒット曲名や詞のフレーズがたくさん出てきます。
ゲイリー・クリス盤にボビー・ヴィーの『サヨナラ・ベイビー』が歌として、つまりメロディ込みで“引用”されてるのに対し、クレイグのヴァージョンでは曲名だけでメロディーはスルー。
イギリスのほうが著作権意識・遵法意識が高かったということでしょうかね。

(右)ロック・アンド・ロール・ダブル・バブル・トレイディング・カード・カンパニー・オブ・フォラデルフィア・19141の『バブル・ガム・ミュージック』(1969年3月)
こちらはさしずめバブルガムミュージックの手前味噌なPRソングといったところ。
 Tommy Boyce
 Bobby Heart
 Monkees
 Grateful Daed
 Herbie Alpert(=Herb Alpert)
などの仕掛け人や人気グループの名前のほかに、『サイモン・セッズ』『ヤミー・ヤミー・ヤミー』の曲名が登場します。このうちハーブ・アルパートについては「もう古い」と否定的意味合いで名を挙げてます。つまりブッダ・レコードとしてA&Mレコードにケンカを売ってるわけですね。
プロデュースと作詞・作曲は『あたしのボーイフレンド』(歌=ジ・エンジェルズ)で知られるジェリー・ゴールドスタインとボブ・フェルドマンでした。

(左)スターランド・ヴォーカル・バンドの『ヘイル!ヘイル!ロック・アンド・ロール!』(1977年)
ディック・クラークのドキュメンタリー映画『ロックの歴史』に使われた、彼らの3枚目のシングル。
ジョニーB(グッド)、ペギー・スー、(ヘルプ・ミー)ロンダなど、ロックンロールのタイトルや詞に登場する人名を織り込んだ、アバ風サウンドのロックンロール讃歌でした。
この曲では、引用され詞に織り込まれたのは人名だったわけですが、
コーラスのハミングや囃し言葉、ドゥーワップのスタイルを織り込んだものでは『ミスター・ベースマン』、『シビレさせたのは誰?』、『Shoop Shoop De Doop Rama Lama Ding Dong Yeah Yeah Yeah』、『イエスタデイ・ワンス・モア』などが有名ですし、
当時流行のダンスの名前とそのステップを取り入れたものでは、『シェイク・ア・テイル・フェザー』や『ダンス天国』あたりがよく知られています。

ジャズの世界では、伝承歌や童謡のメロディをほんのちょっと引用するということがよくありますね。
それ以外のジャンルでも、他曲を部分的に織り込んむ場合があります。
例えば、瀬戸口藤吉の『軍艦行進曲』には東儀季芳作曲『海行かば』(信時潔の『海行かば』とは別のもの)の旋律が出てきますし、
東海林太郎の『麦と兵隊』には『佐渡おけさ』、
岡晴夫の『港のエトランゼ』には『蛍の光』、
美空ひばりの『哀愁波止場』には『五木の子守唄』、
井沢八郎『あゝ上野駅』と高橋京子の『花のローカル列車』にはW.S.Hays作曲の『故郷の廃家』が、
それぞれ挟み込まれています。

これらはメドレーとは違う、いわば「織り込みソング」とも云うべきものです。著作権切れでない楽曲を織り込む場合は、当然 著作者や版権を管理している音楽出版社の許可が必要となります。盗用・流用・パクリが盛んだった江戸期の戯作文学のようなわけにはいきません。
レゲエ~ラップ~ヒップホップ音楽ではサンプリングという手法が今も健在のようです。サンプリング音楽のオリジナル部分をサンプリングしたら、やっぱり訴えられるんでしょうね。

何を引用するか、人名か、題名か、メロディか、、、それは自由なんですが、There is nothing new under the Sun(日の下に新しきものなし)とはいえ、くれぐれもAt your own riskで(自己責任で)お願いします。
デジタル処理という物理的工程を必要とするサンプリングやリスペクトやオマージュを口実とした実質パクリは、この際 除外するとして、ここではトリビュート・ソングにおけるお名前ソング(人名織り込みソング)と追悼ソングの違いについて少しばかり考えて見たいと思います。

まず、お名前ソングですが、先に挙げましたアーサー・コンレーの『スウィート・ソウル・ミュージック』などはその典型です。
この曲はサム・クックの『イエー・マン』をオーティス・レディングが改作したもので、
クレジットはArthur Lee Conley, Otis Redding, Sam Cookeとなっています。
詞には
 Lou Rawls
 Sam and Dave
 Wilson Pickett
 James Brown
といった人気者たちの名前、そしてオーティス自身の名も登場し、彼らのエキサイティングなソウルミュージックで皆がゴーゴーを踊る、という1966~67年の状況をあたかもリポートしてるかのような内容でした(イントロが『荒野の七人』に似てますネ)

Arthur Conley – Sweet Soul Music

 

ノヴェルティ系のダンスチューンで大活躍したおとぼけ顔のルーファス・トーマスも、『(If There Were No Music)Sweet Soul Music』というファンク調の曲を録音していまして(作詞曲のクレジットはF.Cousseart)、
アーサー・コンレーの『スウィート・ソウル・ミュージック』の題名とアイデアを借りて、BBキング、アル・グリーン、オーティス・レディング、ジャニス・ジョプリンらを登場させておりますが、
ルーファス・トーマスは『If There Were No Music』という別の曲も歌っていて、ややこしいことこの上ない。
(そもそもあの半ズボンおじさんは、売れた自作曲にパート2作るのが趣味でしたからネ・・・あ、、『(If There Were No Music)Sweet Soul Music』が『If There Were No Music』の続編、イヤ、解決編ってことか ! ? )
私はもう何だか煩わしくなってしまい、お名前ソングだのルーファス・トーマスだのは考えないようにしまして、ここ数年はすっかり忘れたんですけど、冒頭の『トランジスター・シスター』を聴いてる最中に、どっからか大きな石が池へ飛び込んできたかのように、急にそのことが思い出されちゃいまして・・・。

ルーファス版の録音時にはオーティス・レディング(1967年12月10日歿)もジャニス・ジョプリン(1970年10月4日歿)も死んでましたから、
アーサー・コンレー版はお名前ソング、ルーファス版はお名前+追悼の合わせ技ソング、と云えるんじゃないでしょうかね。

ということで、次はお名前ソングと被(かぶ)る部分の多い、追悼ソングについてです。
追悼ソングは、立て分けとしては 葬送儀礼の一部である宗教音楽(キリスト教ではレクイエム)とは別の、あくまで大衆音楽の範疇のものです。
ただ我々は、ニューオリンズではついに葬儀変じて祝祭となるを見、すでにゴスペルのソウルに“転ぶ”地響きを聴くに至ってます。
ことほどさように近代においては宗教音楽が大衆化し、大衆音楽が新たに宗教的役割を獲得するのはさして珍しくなく (そうした現象を私は“正邪の更新”と呼んでいます)、
信仰心といってもそもそもが多種多様で深浅・厚薄・軽重(けいちょう)がありますし、教義を離れて楽曲としての芸術性を鑑賞するというのも日本人的には「アリ」ですから、堅苦しい定義はとばして、ここでは「個人を偲ぶ歌」とでもしときましょう。要は気持ちの問題ってことで。

 

一般論として、死んですぐ出すとしたら、当然 追悼の意味合いが強いでしょう。あるいは話題になってるうち売っちまえというレコード会社側の思惑もあるかもしれない。
死後、五年十年たってから出すとしたら、歌をデッチ上げるに当たって、すでにアイコン化している歴史的人物のその名を拝借する、という企(たくら)みであるやもしれません。

実在した人物の名が使われてる楽曲で、明らかにその人の追悼ソングといえるものを二、三、挙げるとすれば、

アイ・リメンバー・クリフォード/リー・モーガン、ほか
ジャンゴ/MJQ
スリー・スターズ/トミー・ディー(ルビー・ライト、エディー・コクランらが競作)
ジャスト・ライク・エディ/ハインツ
マリリン・モンローのバラード/シェナンドア・スリー
アブラハム、マーティン・アンド・ジョン(魂は今も)/ダイオン(=ディオン)(1968年)
 その替え歌の
コール、クック&レディング/ウィルソン・ピケット

なんかは間違いなくそうでしょう。

“Everybody Knows Your Name” Trade Martin’s tribute to Rick Nelson(1986)
1985年大晦日に飛行機事故で亡くなったリッキー・ネルソンの追悼歌。

タイトルに人名はありませんが、
 グッドバイ・ポーク・パイ・ハット
はレスター・ヤングを追悼した曲。
 レフト・アローン
はビリー・ホリデイに捧げられた曲でした。
 演奏仲間や自分の名を冠した「~’s ~」みたいな曲名はゴマンとありますが、死後は「追悼」として奏される場合も考えられます。
 エルヴィスが急逝した1977年には世界中で数多くの追悼ソングが発表されたもんです。兵役に就いた時ですら“行かないでソング”が出されたくらいですから当然ですかね。
では、これはどうでしょう?
 ホー・チ・ミンのバラード/高石ともや (作詞・作曲:イワン・マッコール、訳:高石友也。1969年10月発売)
指導者を崇拝し英雄視する傾向は右翼・左翼・宗教問わず全体主義体制を目指す運動にありがちでして、残念ながらこの歌も例外ではありません。しかしバラード、英雄叙事詩としては傑作の部類でしょうね。
実況録音(1969年9月6日大阪フェスティバルホール)のこのレコードが発売される少し前にホー・チ・ミンは亡くなりましたが(1969年9月2日歿)、曲が出来上がった時はまだ生きてたはずです。歌詞にも追悼の言葉はありませんし。
ということは追悼ソングでないものが、たまたまタイミングの問題で実質 追悼盤になってしまったケースですねこれは。

追悼ソング、日本の楽曲では
 トニーは今も生きている/大木伸夫
これはあまり知られてませんが、赤木圭一郎を追悼する歌謡浪曲でした。
 ソー・ロング・サチオ/ザ・スパイダース
かまやつひろしが作詞・作曲・編曲し、多重録音でボーカル、全楽器演奏をこなしたという点でもJ-POP史上に特筆されるべき作品です。
 フランシーヌの場合/新谷のり子
は、追悼歌であり反戦歌であり、ブロードサイド・バラッズ、ニュース歌謡の要素もあります。
 ジェームス・ディーンにはなれなかったけれど/岡林信康 (1994年4月)
ジェームス・ディーンを引き合いに出してはいますが、自分よりも後に生まれ先に逝った若者のカリスマ 尾崎豊(1992年4月25日歿)に対する、これは鎮魂歌でありました。
 セピアカラー/一世風靡セピア
アーネスト・ヘミングウェイ、ジェームス・ディーン、ジョン・レノンの3人それぞれの事績と歿年を詞に組み込んでいるこの歌は、鎮魂曲を装ってはいますが、実体はダンディズムへの熱い憧憬(しょうけい)の吐露ではないでしょうか。
ただそうした憧れはあんまりマジメに語っちゃうと『ボギー!俺も男だ』の主人公みたいに、こっけいなアナクロニズムと思われかねませんからせいぜいご注意を・・・ですから自戒をこめて!
 サヨナラHERO/コブクロ
歌詞には「RC」とだけありますが、先日亡くなった忌野清志郎の追悼歌です。
名を入れるかどうかは絶対条件ではないという好例でしょう。

(上)1956年、米コーラルから発売されたジェームス・ディーン(1955年9月30日歿)を追悼するLP『THE JAMES DEAN STORY』。
エデンの東、ジャイアンツ、理由なき反抗のテーマ音楽や、
 JIMMY, JIMMY / Jimmy Wakely and His Orchestra
 HIS NAME WAS DEAN / Jimmy Wakely and George Cates Orch. and Chorus
 WE’LL NEVER FORGET YOU / Narration by Gigi Perreau
 JAMES DEAN / Jimmy Wakely and George Cates Orch. and Chorus
 THE BALLAD OF JAMES DEAN / Dick Jacobs and His Chorus
といったオリジナルのインスト曲を、
STEVE ALLENとGIGI PERREAUのナレーションでつないでいくという形式になってます。
1957年の同名の映画とは関係ありません。
ジャケットに一切日本語がないので輸入盤かと思いきや、よく見ると裏面下にNippon Grammophon Co., Ltd.の文字が。すなわち日本グラモフォンですが、グラモフォンの最後の「e」が抜けちゃってます。脱字ってやつですかね。

(上)ディオン久々のヒット『アブラハム、マーティン・アンド・ジョン』を含むローリーレコード・リリースのオリジナルアルバム。
ディオンはモダンフォークでもサイケデリックロックでも、ポップ路線を踏み外さない人でした。

この曲は1971年、ロスのラジオDJトム・クレイによって、『愛を求めて(世界は愛を求めてる)』や、報道の音声、演説、ドキュメント音とサウンドコラージュされ、すでに泥沼化していたベトナム戦争の、その行方に、大衆の目を向けさせたのでした。

Tom Clay – What The World Needs Now (Abraham, Martin and John)

 

この曲はいろんな人が歌っております。フォーク、カントリー、ソウル、、、
アジア人ではテレサ・テンが英語で歌ってます。
ブルース/R&B/ソウル方面では、抑制の効いたマービン・ゲイ、大爆発のパティ・ラベル、あの世で初代春日井梅鴬と美声でタイマン勝負中であろうコメディエンヌ、モムス・マブレーのテイクが一聴値千金です。

Marvin Gaye – Abraham, Martin and John

Patti LaBelle – Abraham, Martin and John

Moms Mabley – Abraham, Martin and John

Andy Williams – Abraham, Martin and John(1969)

Sammy Davis Jr. – Abraham, Martin and John

鄧麗君(Teresa Teng) – Abraham, Martin and John


(右)ウィリアム・ベルの『オーティスに捧げる歌』(1972年12月)。
アトランティックから出たというところがミソです。

実在した人物の名が使われてる歌には、追悼ソングでないものも当然あります。
曲の数、あるいは商品としてのタイトル数においてどちらが多いかは、私にはワカリマセン。
追悼ソングとそうでないものの中間に位置する“境界例”ともいうべき楽曲では、
 拝啓、JOHN LENNON/真心ブラザーズ (サンボマスターがカバーしている)
のように、優れた作品も存在します。
その歌詞を見ると、

それこそ愛憎半ば、賛否両論、かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう的な、相対化と理解の深化による、カルト・フィギュア超克の心裡が告白されていて、もはや追悼ソングやトリビュート・ソングの枠には収まりきらない歌であることが解かります。

 

マイケル・ジャクソン死去

 死去が報じられた米人気歌手のマイケル・ジャクソンさん(50)の兄であるジャーメイン氏が25日、病院で記者会見をし、マイケルさんが現地時間の午後2時26分に死亡したと明かした。
(中略)
 マイケルは、自宅で心拍停止になった。しかし、検視結果が判明するまで死因は分からない。救急車でロス市内のロナル・レーガン医療センターに運ばれる間、医師が心肺蘇生を試みた。午後1時14分ごろに病院に到着し、医療チームが1時間以上にわたって治療を試みたが、心肺は蘇生しなかった。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090626-00000529-san-int

私にとってはジャクソン・ファイブ時代のサウンドがすべてであり、1972年の映画『ベン』のテーマでファンとしては完結しました。
マイケルは私と同い年、約1カ月マイケルのほうが先に生れています。来月には私のほうが年寄りになるんですねぇ・・・

 

追加記事

先月25日に急逝したマイケル・ジャクソンには3人の子どもがいる。12歳のプリンス・マイケル、11歳の女の子パリス、そして7歳になるプリンス・マイケル2世だ。この3人を「ジャクソン3」として売り出す算段が水面下で進められていると英Sun紙が報じている。舵取りはマイケルの父であり、「ジャクソン5」のマネージャーを務めていたジョー・ジャクソン。
関係者によると、「ジョーは来年、3人の子どもたちによる”ジャクソン3″でワールドツアーを行う計画を立てています。2人に対しては既にレコーディング契約のオファーをしたようです」とのこと。
(中略)
ジャクソン・ファミリーの1人は「父はマイケルにそうしたように、3人の子からまた搾取する気だ」と語気を荒げているという。

http://journal.mycom.co.jp/news/2009/07/14/024/?rt=na

これは哀しい話です。
ジョー・ジャクソン氏は子供たちに離反された後、音楽プロデューサーとしてはこれといって成果はなく、夢よもう一度、ということなのでしょう。
子供や孫で稼ごうとは、なんとも浅ましい限りです。
(2009年7月14日)