さて、別の記事で前にも書きましたが、古今東西、人の名がタイトルに付く歌は数え切れません。
オー・スザンナ、金髪のジェニー、オールド・ブラック・ジョー、ジョニーが凱旋するとき(ジョニーが帰るとき、ジョニーの凱旋)、愛しのクレメンタイン、ビル・ベイリー、ダイナ、ルイーズ、ライザ、セント・ジェームス病院、リリー・マルレーン、匕首マッキー、マリア・マリ、マリアンヌ、キャルドニア、浮気なパトリシア、いとしのシンディ、幸福なジョー、星影のステラ、アイ・ラブ・ユー・ポーギー、ジョーンズ嬢に会ったかい?、アンナ、イザベル、ジザベル、ルシール(ルシヤ)、のっぽのサリー、悲しきサリー、ジェニ・ジェニ(いとしのジェニー)、いとしきジニー、ワーク・ウィズ・ミー・アニー、ダンス・ウィズ・ミー・ヘンリー、ジョン・ヘンリー、ディジィー・ミス・リジィー、ロウディ・ミス・クロウディ(クローディーおばさん)、フランキー・アンド・ジョニー、スタッガ・リー、バーバラ・アン、タミー、アンジェリータ、怪漢チャーリー・ブラウン、早撃ちジョーンズ、スージーちゃん起きなさい(起きろよスージー)、スージーQ、スージー・ダーリン、トゥラ・ラ・ラ・ラ・スージー、悲しきスージー、ビー・バップ・ア・ルーラ、ダイアナ、想い出のダイアナ、ドナ、ドミニク、ローラに好きだと言ってくれ、愛してるよローラ、忘れじのローラ、いとしのコリーナ、いとしきレイナ、トム・ドゥーリー、ハロー・ドーリー、ハロー・メリー・ルー、メリー・ルー、エミリー、エミリー・エミリー、マリア、グッドバイ ジミー グッドバイ、バイ・バイ・バーディー、おゝ!キャロル、オー・ニール、ジョニー・ダーリン、内気なジョニー、夏の日のジョニー、悲しいジョニーズ・シャドウ、オネスト・ジョン、ボビーに首ったけ、すてきなボビー、プレイボーイ ボビー、ボビーが帰ってくるまでは、星影のベティー、ヘイ・ポーラ、その名はモニャ、ジムに恋して、愛しのロジータ、メリーよ,漕ぎ出せ、可愛いマリー、今夜はマリーと、マリーは恋人、まじめなジュリー、愛しのラナ、シェリーのラブレター、シェリー、ジェリー、キャッシーズ・クラウン、ミスター・カーター、旅立てジャック(元気出せジャック)、スーという名の少年、カレン、ミッシェル、レディ・マドンナ、ミセス・ブラウンのお嬢さん、ミセス・ロビンソン、ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ、キャロライン、キャロライン・ノー、スイート・キャロライン、パメラ・ジーン、ジンジ、ジェラルディン、デニス、ジュディ、アルフィー、マギー、マギー・メイ、ミー・アンド・ボビー・マギー、ミー・アンド・ミセス・ジョーン、ベニーとジェッツ(やつらの演奏は最高)、プア・オールド・ジョニー、プラウド・メアリー、風の中のメアリー、フランク・ミルズ、アグネス・イングリッシュ、ヘイ・ジョー、ヘイ・ジュード、ジュディーのごまかし、いとしのジュリー、いとしのセシリア、いとしのアンジー、シーモンの涙、ナオミの夢、京子ちゃん心配しないで、サイモン・セッズ、トレイシー、デライラ、エレノア、フランシーヌ、カトリーヌ、恋するキャンディダ、シェリーに口づけ、いとしのローズマリー、笑って!ローズ・マリーちゃん、ローズ、パーリー・スペンサーの日々、マイ・シャローナ、ロクサーヌ、緑の風のアニー、ダニーの歌、ビリー・ジョーの歌、ビリーの別れ道、フレディの死、ミスター・グーダー、ブラザー・ルイ、悲しみのアンジー、アンジー・ベイビー、ビリー・ジーン、恋するニコラ、恋するチャック・・・・
どうです? お名前ソングこそは楽曲の一大派閥といえるんじゃないでしょうかね。
中には名前で遊んじゃおうっていう歌まであるくらいですから。

(上)シャーリー・エリスのLP『THE NAME GAME』。
SHIRLEY —> BIRLEY —> FIRLEY —> MIRLEY
というふうに、名前の最初の音(おん)をB、F、Mなどに替えていくという一種の言葉遊びの歌で、1964年12月、ブロンクス出身のシャーリー・エリスが大ヒットさせました。
上のジャケット写真では歌手名SHIRLEY ELLISの下にThe Nitty Gritty Girlという説明が入ってます。それはこの人が1963年10月に『The Nitty Gritty』を、64年2月に『That’s What The Nitty Gritty Is』を歌い、中ヒットさせているからなんですけど、
ではNitty Grittyとは何ぞやというと、辞書によるとnittyは「しらみの卵の多い」、grittyは「砂利の入っている、砂のような」あるいは「意志の強い、勇気のある」とあり、
また私の愛読書である坂下昇先生の『現代米語コーパス辞典』ではnittyは「ごたごた」、grittyは「ごつごつした事情」で、nitty-grittyは「問題の核心」となっていて、ニューヨーク・タイムズ紙が1970年代に作った新語だと書いてあります。
新聞社の造語説はハテナマークですが、とりあえず英語圏ではthe heart of the matter(問題の核心)、the basic essentials(基本的な要点)、the harsh realities(厳しい現実)という理解のようです。
ニューヨーク下町の黒人が60年代初期にスラングとして使ってたときにはまた少し違った意味だったのかもしれません。
『The Nitty Gritty』はグラディス・ナイト&ザ・ピップスのカバーも当時ヒットしました。『The Name Game』のほうもシャーリー・エリスの自己宣伝色が強かったにも関わらず、いろんな人がカバーして、今だに人気の曲です。
- Spectropop – Shirley Ellis
- Shirley Ellis – The Name Game
- Shirley Ellis – The Nitty Gritty(1964)
- SHIRLEY ELLIS THE NAME GAME HOME PAGE
- Shirley Ellis – Wikipedia, the free encyclopedia
- The Phrase Finder Nitty-gritty
自己宣伝ということでいえば、「伊代はまだ16だから」がいけないんなら、『ひばりのマドロスさん』、『美智也マドロス』、『浩吉マドロス』、『若ちゃんマドロス』、『峰子のマドロスさん』、『アキラのチンチロリン』、『コクランのズンタタッタ』、『はるみの三度笠』、『圭子の夢は夜ひらく』、『サザンクロスのサンパ北海盆唄』、『ロス・プリモスのディスコおてもやん』、『私は里歌ちゃん』、『立見の青春』だってまずいでしょう。ディーン&ジーンが歌う『ヘイ・ジーン・ヘイ・ディーン』なんかもってのほかのはず。モダンジャズにだって『ブルー・モンク』『バーニーズ・チューン』みたいにたくさんある。そのへんの基準がよく分りませんね、あの某国営放送は。
三木道三という名前がやたらに出てくる三木道三の『道三スタイル’01』を聴いて私は、二木二木二木二木 二木の菓子、ミキミキミ~キ幹てつや、を思い出しました。
むかしの武将は頼まれもしないのに自分の氏素性を名乗ってましたよ。
蒙古襲来のとき、日本の武将が戦場(いくさば)の作法に則って、
「ヤャヤァ遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ、我こそは何々天皇九代の後胤にして清和源氏のどうたらこうたら…」
と名乗りを始めたら敵兵の『てつほう』が一斉に火を吹いた、なんていう笑えない話があります。
「遠からん者は音羽屋に聞け、近くば寄って目にも三升の寛闊出立(かんかついでたち)、今流行の白柄組(しらつかぐみ)、通い曲輪(くるわ)の大門を、入れば忽ち極楽浄土、虚空に花の舞いわたり」
と名乗りのパロディで科白を渡すのは不破伴左衛門。歌舞伎『浮世柄比翼稲妻(うきよづかひよくのいなづま)』通称『鞘当』『御存鈴ヶ森』の名場面です。寛闊出立とは派手で大振りなファッションという意味だそうです。
「問われて名乗るもおこがましいが」(『弁天娘女男白浪』、通称『白浪五人男』)のあの名場面のように、自己紹介が芸(見せ場)になるというのはちょっと不思議です。これが博徒・侠客(きょうかく)・的屋(てきや)などが各地の元締めや親分衆に挨拶する(仁義を切る)ときの一種の口上につながる経緯があるのかどうかは知りませんが、
そういった形式的な自己紹介は「人呼んでフーテンの寅と発します」あたりが最後でしょう。
今じゃ「ネットでプロフィール見てください」ですからネ。
「やぁお元気ですか」と声をかけられ、相手の名前が思い出せないで焦った、なんてことありませんか?
後宮春樹みたくスマートに名を尋ねりゃいンだろうけど、こちとら二枚目ってガラじゃねぇし?
だからといって「猪口才な小僧め、名を、名をなのれ!」と脅かしつけるわけにもまいりませんよ。
だったら歌に乗せて、リズムに乗せて、ご芳名を伺っちゃう、てェのはどうでしょう?
もちろんそれは『デビルマンのうた』でも『ガッチャマンの歌』でもありません。
(下左)あんたのおなまえ何ァんてェの/トニー谷
(下右)あんた誰?/谷啓 (コンパクト盤)




(上左)とん平のヘイ・ユウ・ブルース/左とん平
(上右)カンニングのヘイ・ユウ・ブルース/カンニング(2004年)
ヘイユー・ワッチャネーム?と問いかけ続けるヘイ・ユウ・ブルース。カンニング盤の編曲はなんとあのバンバンバザールでした。
あんた誰?/スチャダラパー
は、谷啓の『あんた誰?』の現代版ですね。
あなたは誰ぁれ/千賀かほる (1970年1月)
は夢に出てくる男性についての歌で、誰ったって、夢なんだから名前なんかありゃしない。
せめてお名前を/ロスプリモス(1974年2月)
となると、これはシチュエーションが分からない。行きずりの一見客とホステスなのか・・・こっちだって知らない相手に個人情報は教えられまセン。
相手の名前も正体も分らないというのは、それが敵(ストーカーとか宇宙人とか)である場合はこれほど恐いものはないですね。
誰?と訊く歌では、ダイナ・ショア、シナトラ、エロール・ガーナー、ベン・ウェブスター、ラッキー・トンプソンなどの名唱・名演奏で知られるスタンダード・ナンバーの『フー?』を忘れちゃっちゃいけません。ほかには、そうですね、渋いところでドン&ジュアンの『ワッツ・ユア・ネーム?』なんかどうでしょう。このタイトルには同名異曲がたくさんあります。
知らない人を誰何(すいか)するのは気が引けるといういう場合、あてずっぽうで呼んでみるという、よく考えると効率の悪い確認法もありえます。それを歌にしたのが坂本九、ダニー飯田とパラダイス・キングのヒット曲『あの娘の名前はなんてんかな』でした。
歌詞の中でいろんな女性名(愛称)が出てきます。当時多かった名前ばかりですね。逆に、いま新生児にそうした名前をつける親はまずいないんじゃないかと思われるものばかりです。
これはどうでしょう? NHK教育テレビ『おかあさんといっしょ』の人気曲のひとつ『きみのなまえ』。CD化してるバージョンには
きみのなまえ/速水けんたろう、茂森あゆみ、佐藤弘道、松野ちか
きみのなまえ(替え歌)/古今亭志ん輔、速水けんたろう、茂森あゆみ
があるようです。
この歌は、歌のおねえさん・体操のおにいさんが子供たちの名を、子供たちが歌のおねえさん・体操のおにいさんの名を互いに呼び合うという、いわば日本型コール&レスポンスで、まぁ要するに名前を呼ばれたら元気に大きな声でお返事をしましょうってことですね。
名前を呼んだり呼ばれたりするとき、互いの関係性が重要になってきます。
君の名前を呼んだ後に/槇原敬之
君の名前呼ぶだけで/菅崎茜
ドラマ『寺内貫太郎一家』で悠木千帆(樹木希林)演じる“きん婆さん”が毎回ポスターを見つめ、ついには感極まって発する「ジュリ~~ッ」。
あれは周りに誰もいないという前提ですが、その激情の独白は、映画『青い山脈』のラストで海に向って「俺は新子さんが好きだー」「私も六助さんが好きだー」と叫ぶ、あれと本質的に同じものですね。
自分の名が呼ばれるときは、できれば良い関係性の中で呼ばれたい。
みなさんは裁判官から人定質問をされたことがありますか? 私はあります。
法廷において自分の名を訊かれてその名を口にするということは自分が当該人物であると認めたことになるんですね。それくらい名乗りというのは大事なんです。
みなさんはいきなり面と向って「そこのメガネのあなた」と呼ばれたことはありますか? 私はあります。
実に失礼な奴もいたものです。社会常識のカケラもない。でもそういう人はけっこういるんですよ。
監獄では番号で呼ばれ、番号で名乗るとか。これは世界共通のようです。
ここで持ち出すのもなんですが、サトウハチロー作詞、中田喜直作曲の『とんとんともだち』という童謡は、数え歌のように「一ちゃん」から「きゅうどん」まで順に名前(?)を呼んでいく歌でした。これは『きみのなまえ』と違って一方的に呼ぶだけ。しかもその名がひとクラス9人のある意味“序列”になってるような呼び方で、一人が叱られたら全員で謝るという、戦前風の連帯責任論になってます。
人を呼ぶのに明治時代の巡査は「おいこら」といったそうです。泉鏡花の『夜行巡査』でも「おいこら」です。しかも相手の身分・職業によって使い分けていたらしい。実にいやらしい根性です。
当時もそうでしょうけど、今も警官や機動隊員は規則はどうであれ、けっして名乗りません。役職も言わないし、ふつうは名刺も出さない。こちらが認識番号を尋ねると激昂することが多い。それなのにこちらが黙っていると「おいおいおまえ黙秘する気か」と権力を笠に着て敵意をむき出しにする。これもほとんどの国でそうなんでしょう。
あれは何の映画だったでしょうか。その家の奥様が住み込みの女中(お手伝いさん)として雇った娘に、「○○子だなんて偉そうな名前だね、呼びにくいから今日からお前はおさとだよ、いいねッ」と勝手に名前を付け替えるシーンがありました。
私にも似たような経験が2度あります。
むかし撮影所の上司が、私の姓が呼びにくい(発音しにくい?)などとして一方的に「タキ」と呼んだことがありました。いまひとつは、某出版社の編集者に、正式に依頼されて書いた原稿であるにもかかわらず筆者名を無断で本名にされそうになったことがあった。
いずれも私の意思を無視して名前を変えようと試みた事例です。
名を奪われる人、名を匿(かく)す人、名を変えられそうになる人、いろいろです。
- 人名 – Wikipedia
- 名字 – Wikipedia
- 苗字帯刀 – Wikipedia
- 姓 – Wikipedia
- 創氏改名 – Wikipedia
- ペンネーム – Wikipedia
- 名跡 – Wikipedia
- 芸名 – Wikipedia
- 匿名 – Wikipedia
- 通名 – Wikipedia
- 歴史と国家」雑考:第84題「通名と本名」考
- 愛称 – Wikipedia
- ハンドルネーム – Wikipedia
- 住民基本台帳ネットワークシステム – Wikipedia
「よばれてとびでて」のハクション大魔王は名を呼ばれるわけじゃない。ありゃクシャミですよね。大魔王にはジンという名前があるから「ハクション」は名前じゃない。とすれば実際は呼ばれたわけじゃないから、クシャミの音で飛び出るという生理的反応・有機的システムなのか、なにかの呪いか、それこそが魔法なのか。
水戸黄門で何度使われたか知れない「あれ?誰か噂してやがら」「なんだ風邪か」は、結果がクシャミですから順序が逆になります。
クシャミで思い出しましたが「吾輩は猫である。名前はまだ無い」で始まる漱石の処女小説。己を猫と自覚し、人間を観察する知性がありながら、自分で自分に名をつけ、名乗ろうとはしません。猫は飼い主に名をつけてもらうのが当り前と思っているのか、ニャーとしか鳴かないから名乗る必要すらないと考えているのか。
いや、車屋の『黒』や御師匠さんの所(とこ)の『三毛子』らと(おそらく猫語で)会話をしているし、「名前はまだつけてくれないが、欲をいっても際限がないから生涯この教師の家(うち)で無名の猫で終るつもりだ」などと独白してるから、やはり名前は欲しいのでしょう。
1972年、全米チャートNo.1に輝いた曲でアメリカというグループの『名前のない馬(A Horse With No Name)』(上左)という、地味で盛り上がらないのがありました。野生動物には当然、名前はないですし、家畜でも十把一絡げで飼育されてるような場合は認識番号すらついてないこともあります。
馬は馬でも競走馬には変な名前が多いですね。『ドゥーワップ』とか『オレハマッテルゼ』『カミサンコワイ』『アッチッチ』……。
これが宇宙空間に輝く星となると、生物の学名と同じように発見者が命名できるということで、天文ファンの間で熾烈な闘いがあったりしますが、さすがにアッチッチという星はまだ無いみたいです。
家畜やコンパニオン動物に名前があっても、植物ではちょっと考えられません。よほどの変人か、銘木・古木、高価な盆栽ででもない限りは、品種名で呼ぶのが普通です。
橋幸夫が1967年、折からのフォークブームに乗じて出したフォーク調歌謡曲『名なし草』(上右)の「草」は、ですから自分たちは雑草のような名もなき庶人だという喩えでして、昔風に云えば民草(たみぐさ)、官に対する民間=草莽(そうもう=草むら)に在る無名の者として生涯を終える覚悟というか見通しを歌っております。これは私は、「15分間は誰でも有名になれる」と言ったアンディ・ウォーホールの軽ろみとは正反対の、いかにも当時の日本人らしい「縮み志向」で、てんでつまらない心構えだと思います。まだ明治時代の立身出世(身を立て 名をあげ やよ励めよ)のほうがマシでしょう。
なんですか、また話が脱線したようです。
これは私の持論ですがね、出生時 役所に届け出る名前は本当の名前じゃない。あんなもんは管理コードの属性の一つでしかありません。もちろん親の希(ねが)いとか気持ちが籠められてることは確かでしょう。でもしょせんは幼名です。
本当の名は元服時に自分で名乗るものであって、与えられた名前じゃない。自分の責任において自分にふさわしい名前を自分で決めるんです。自分が何者であるかを悟り、今後どうあるべきかを考えれば、名乗るべき名はおのずと決まるでしょう。昔の人はそうやってたんです。
自分で自分の名を決められるのは人間だけです。我々は人間なんです。名前を考えましょう。
これ、今回の結論かな?(※筆者と閲覧者はここで互いに失笑)
えー、じゃ最後に、お名前ソングの王道をいく楽曲をいくつか挙げまして、今日のとこはおひらきってことで。








お加代ちゃん/松村和子
ミヨちゃん/平尾昌章
リカちゃん/平尾昌章
花子さん/山下敬二郎
看板娘の花子さん/曽根史郎
お花ちゃん/三橋美智也、斉藤京子
お菊ちゃん/小桜姉妹
咲子さんちょっと/江利チエミ
おケイちゃん/春日八郎
おみつちゃん/ショニー・シンバル
おきんちゃん/藤野とし恵
ひとみちゃん/神戸一郎
さなえちゃん/古井戸
アッコちゃん/水木誠
アコちゃん/フランク永井
京子ちゃん/ガガガSP
涙のペケ子ちゃん/東京ぼん太
留子ちゃんたら/ごまのはえ
ごめんねチコちゃん/三田明
ごめんね Yuji/キム・ヂョンチャン、深谷次郎・夏樹陽子
ごめんネ……ジロー/奥村チヨ
今さらジロー/小柳ルミ子
タローちゃん/菅原昭子
走れコウタロー/ソルティー・シュガー
夜霧に消えたチャコ/フランク永井
ケンちゃん/HIGHEAW61
ゴロちゃん/鈴木蘭々
銀ちゃんのラブレター/PIZZICATO FIVE
サチオ君/いしだ・あゆみ
山口さんちのツトム君/川橋啓史(NHK東京児童合唱団)
ひろし君の世界/奈良富士子
ヒロシの想い出/浅田美代子
そんなヒロシに騙されて/ジューシィ・フルーツ
ハチのムサシは死んだのさ/平田隆夫とセルスターズ
なァ八ちゃん/春日八郎
青島だァー/青島幸男
おーい中村君/若原一郎
どうもどうもサトーさん/美唄五郎
あれからどうした中村君/若原一郎
斉藤君の場合/ウラニーノ
がんばれ、タカハシ!/BAKUFU-SLUMP
24,000回のタカシ/竹中直人
与作/北島三郎
ヘイ!ミスター・ヨサク/パラクーダ
安奈/甲斐バンド
アンジェリーナ/矢沢永吉
さよならアンジェリーナ/堂本剛
リーナ泣くなよ/曽根史郎
気ままなジーナ/松尾ジーナ
霧の中のミーナ/レイコとミツコ
いとしのマックス/荒木一郎
いとしのジザベル/ザ・ゴールデン・カップス
愛するノーラへ/西郷輝彦
オリビアの調べ/フォーリーブス
セシリア・Bの片思い/山瀬まみ
ジュリアに傷心(ハートブレイク)/チェッカーズ
リンダ/アン・ルイス
リンダリンダ/THE BLUE HEARTS
白馬のルンナ/内藤洋子
傷だらけのローラ/西城秀樹
踊り子ロージー/松崎しげる
夢見るアニー/水野きみこ
僕のマリー/ザ・タイガース
五番街のマリーへ/ペドロ&カプリシャス
マリアの泉/ジャッキー吉川とブルー・コメッツ
マリちゃんたらマリちゃん/ザ・エコーズ
マリアンヌ/千賀かほる
あなたのリリー・マルレーン/平山洋子
OK!マリアンヌ/ビートたけし
ジョニィへの伝言/ペドロ&カプリシャス
硝子のジョニー/アイ・ジョージ
さすらいのジョニー/加奈まゆみ
波乗りジョニー/桑田佳祐
ジョニーの子守唄/アリス
淋しいジェニー/491(フォー・ナイン・エース)
みんな好きだよジェニー/紀南あきら
ジュリアン/PRINCESS PRINCESS
メリー・ジェーン/つのだ★ひろ
ケンとメリー~愛と風のように~/バズ
大きな春子ちゃん/RCサクセション
夏子の季節/舟木一夫
夏色のナンシー/早見 優
星空の秋子/氷川きよし
お秋という女/村田英雄
冬子という女/フランク永井
さようならアイコさん/フランク永井
港のおりくさん/若原一郎
由紀子はいつも/奈良光枝
露子に逢いたい/石原裕次郎
露子の手紙/石原裕次郎
優美子の春/友川かずき
ユキコの灯/仲宗根美樹
おゆき/内藤国雄
紅子のバラード/アイ・ジョージ
霧子のタンゴ/フランク永井
ケメ子の歌/ザ・ダーツ、ザ・ジャイアンツ、平凡パンチ(高田純次)
江梨子/橋幸夫
志津子/島和彦
亜紀子/小林繁
今日子/橋幸夫
圭子/三島敏夫
純子/小林旭
順子/長渕剛
SACHIKO/ばんばひろふみ
サチコ/ニック・ニューサ
小夜子/本郷直樹
そんな夕子に惚れました/増位山太志郎
ゆうこ/村下孝蔵
ゆうこ/若原りょう
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もうこれは、きりがない
唯名主義というものがあります。
本質よりもその比喩・記号を、「体」より「名」を有り難がる、ある種の倒錯的心理といえましょう。
観測不能で「信じる」しかない神や仏や宇宙の真理などについては、まさに唯名主義者の独壇場です。
あたしゃ呼べば答える山のこだまのほうがよっぽど有難いですがね。マ、こりゃ余談です。
追加記事
これは笑えます。
(2010年2月15日)












(右)サバの女王/ローラン (実在の人物?)
