2009/6/28 日曜日

お名前ソング、追悼ソング (3終)

カテゴリー: broadside ballad — eiji @ 3:05:38

さて、別の記事で前にも書きましたが、古今東西、人の名がタイトルに付く歌は数え切れません。
オー・スザンナ、金髪のジェニー、オールド・ブラック・ジョー、ジョニーが凱旋するとき(ジョニーが帰るとき、ジョニーの凱旋)、愛しのクレメンタイン、ビル・ベイリー、ダイナ、ルイーズ、ライザ、セント・ジェームス病院、リリー・マルレーン、匕首マッキー、マリア・マリ、キャルドニア、浮気なパトリシア、いとしのシンディ、幸福なジョー、星影のステラ、アイ・ラブ・ユー・ポーギー、ジョーンズ嬢に会ったかい?、アンナ、イザベル、ジザベル、ルシール(ルシヤ)、のっぽのサリー、ジェニ・ジェニ(いとしのジェニー)、ワーク・ウィズ・ミー・アニー、ダンス・ウィズ・ミー・ヘンリー、ディジィー・ミス・リジィー、ロウディ・ミス・クロウディ(クローディーおばさん)、フランキー・アンド・ジョニー、スタッガ・リー、バーバラ・アン、タミー、アンジェリータ、怪漢チャーリー・ブラウン、早撃ちジョーンズ、スージーちゃん起きなさい(起きろよスージー)、スージーQ、スージー・ダーリン、トゥラ・ラ・ラ・ラ・スージー、ビー・バップ・ア・ルーラ、ダイアナ、想い出のダイアナ、ドナ、ドミニク、ローラに好きだと言ってくれ、いとしのコリーナ、いとしきレイナ、トム・ドゥーリー、ハロー・ドーリー、ハロー・メリー・ルー、メリー・ルー、エミリー、マリア、グッドバイ ジミー グッドバイ、バイ・バイ・バーディー、おゝ!キャロル、オー・ニール、内気なジョニー、ボビーに首ったけ、すてきなボビー、ボビーが帰ってくるまでは、星影のベティー、ヘイ・ポーラ、その名はモニャ、ジムに恋して、愛しのロジータ、メリーよ,漕ぎ出せ、可愛いマリー、今夜はマリーと、まじめなジュリー、愛してるよローラ、愛しのラナ、シェリーのラブレター、シェリー、ジェリー、キャッシーズ・クラウン、ミスター・カーター、旅立てジャック、ビリー・ジョーの唄、カレン、ミッシェル、レディ・マドンナ、ミセス・ブラウンのお嬢さん、ミセス・ロビンソン、ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ、キャロライン、キャロライン・ノー、スイート・キャロライン、パメラ・ジーン、ジンジ、ジェラルディン、デニス、ジュディ、アルフィー、マギー、マギー・メイ、プア・オールド・ジョニー、プラウド・メアリー、ヘイ・ジュード、ジュディーのごまかし、いとしのジュリー、いとしのセシリア、シーモンの涙、ナオミの夢、京子ちゃん心配しないで、トレイシー、デライラ、フランシーヌ、カトリーヌ、恋するキャンディダ、シェリーに口づけ、笑って!ローズ・マリーちゃん、ミー・アンド・ミセス・ジョーン、ベニーとジェッツ(やつらの演奏は最高)、ローズ、パーリー・スペンサーの日々、マイ・シャローナ、ロクサーヌ、緑の風のアニー、ミスター・グーダー、ブラザー・ルイ、悲しみのアンジー、アンジー・ベイビー、ビリー・ジーン・・・・
どうです? お名前ソングこそは楽曲の一大派閥といえるんじゃないでしょうかね。
中には名前で遊んじゃおうっていう歌まであるくらいですから。

LP「THE NAME GAME」SHIRLEY ELLIS

(上)シャーリー・エリスのLP『THE NAME GAME』。
SHIRLEY —> BIRLEY —> FIRLEY —> MIRLEY
というふうに、名前の最初の音(おん)をB、F、Mなどに替えていくという一種の言葉遊びの歌で、1964年12月、ブロンクス出身のシャーリー・エリスが大ヒットさせました。
上のジャケット写真では歌手名SHIRLEY ELLISの下にThe Nitty Gritty Girlという説明が入ってます。それはこの人が1963年10月に『The Nitty Gritty』を、64年2月に『That’s What The Nitty Gritty Is』を歌い、中ヒットさせているからなんですけど、
ではNitty Grittyとは何ぞやというと、辞書によるとnittyは「しらみの卵の多い」、grittyは「砂利の入っている、砂のような」あるいは「意志の強い、勇気のある」とあり、
また私の愛読書である坂下昇先生の『現代米語コーパス辞典』ではnittyは「ごたごた」、grittyは「ごつごつした事情」で、nitty-grittyは「問題の核心」となっていて、ニューヨーク・タイムズ紙が1970年代に作った新語だと書いてあります。
新聞社の造語説はハテナマークですが、とりあえず英語圏ではthe heart of the matter(問題の核心)、the basic essentials(基本的な要点)、the harsh realities(厳しい現実)という理解のようです。
ニューヨーク下町の黒人が60年代初期にスラングとして使ってたときにはまた少し違った意味だったのかもしれません。
『The Nitty Gritty』はグラディス・ナイト&ザ・ピップスのカバーも当時ヒットしました。『The Name Game』のほうもシャーリー・エリスの自己宣伝色が強かったにも関わらず、いろんな人がカバーして、今だに人気の曲です。

自己宣伝ということでいえば、「伊代はまだ16だから」がいけないんなら、『ひばりのマドロスさん』、『美智也マドロス』、『浩吉マドロス』、『若ちゃんマドロス』、『峰子のマドロスさん』、『アキラのチンチロリン』、『はるみ三度笠』、『圭子の夢は夜ひらく』、『サザンクロスのサンパ北海盆唄』、『ロス・プリモスのディスコおてもやん』だってまずいでしょう。ディーン&ジーンが歌う『ヘイ・ジーン・ヘイ・ディーン』なんかもってのほかのはず。そのへんの基準がよく分りませんね、あの某国営放送は。

三木道三という名前がやたらに出てくる三木道三の『道三スタイル’01』を聴いて私は、二木二木二木二木 二木の菓子、ミキミキミ~キ幹てつや、を思い出しました。

むかしの武将は頼まれもしないのに自分の氏素性を名乗ってましたよ。
蒙古襲来のとき、日本の武将が戦場(いくさば)の作法に則って、
「ヤャヤァ遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ、我こそは何々天皇九代の後胤にして清和源氏のどうたらこうたら…」
と名乗りを始めたら敵兵の『てつほう』が一斉に火を吹いた、なんていう笑えない話があります。
「遠からん者は音羽屋に聞け、近くば寄って目にも三升の寛闊出立(かんかついでたち)、今流行の白柄組(しらつかぐみ)、通い曲輪(くるわ)の大門を、入れば忽ち極楽浄土、虚空に花の舞いわたり」
と名乗りのパロディで科白を渡すのは不破伴左衛門。歌舞伎『浮世柄比翼稲妻(うきよづかひよくのいなづま)』通称『鞘当』『御存鈴ヶ森』の名場面です。寛闊出立とは派手で大振りなファッションという意味だそうです。
こういう形式的な自己紹介は「人呼んでフーテンの寅と発します」が最後でしょう。
今じゃ「ネットでプロフィール見てください」ですからね。

「やぁお元気ですか」と声をかけられ、相手の名前が思い出せないで焦った、なんてことありませんか?
後宮春樹みたくスマートに名を尋ねりゃいンだろうけど、こちとら二枚目ってガラじゃねぇし?
だからといって「猪口才な小僧め、名を、名をなのれ!」と脅かしつけるわけにもまいりませんよ。
だったら歌に乗せて、リズムに乗せて、ご芳名を伺っちゃう、てェのはどうでしょう?
もちろんそれは『デビルマンのうた』でも『ガッチャマンの歌』でもありません。

(下左)あんたのおなまえ何ァんてェの/トニー谷
(下右)あんた誰?/谷啓 (コンパクト盤)
シングル「あんたのおなまえ何ァんてェの」トニー谷シングル「あんた誰?」谷啓
シングル「とん平のヘイ・ユウ・ブルース」左とん平CD「カンニングのヘイ・ユウ・ブルース」
(上左)とん平のヘイ・ユウ・ブルース/左とん平
(上右)カンニングのヘイ・ユウ・ブルース/カンニング(2004年)

ヘイユー・ワッチャネーム?と問いかけ続けるヘイ・ユウ・ブルース。カンニング盤の編曲はなんとあのバンバンバザールでした。
 あんた誰?/スチャダラパー
は、谷啓の『あんた誰?』の現代版ですね。
 あなたは誰ぁれ/千賀かほる (1970年1月)
は夢に出てくる男性についての歌で、誰ったって、夢なんだから名前なんかありゃしない。
相手の名前も正体も分らないというのは、それが敵(ストーカーとか宇宙人とか)である場合はこれほど恐いものはないですね。

誰?と訊く歌では、ダイナ・ショア、シナトラ、エロール・ガーナー、ベン・ウェブスター、ラッキー・トンプソンなどの名唱・名演奏で知られるスタンダード・ナンバーの『フー?』を忘れちゃっちゃいけません。

NHK教育テレビ『おかあさんといっしょ』の人気曲のひとつ『きみのなまえ』。CD化してるバージョンには
 きみのなまえ/神崎ゆう子、坂田おさむ、天野勝弘
 きみのなまえ/速水けんたろう、茂森あゆみ、佐藤弘道、松野ちか
 きみのなまえ(替え歌)/古今亭志ん輔、速水けんたろう、茂森あゆみ
があるようです。
この歌は、歌のおねえさん・体操のおにいさんが子供たちの名を、子供たちが歌のおねえさん・体操のおにいさんの名を互いに呼び合うという、いわば日本型コール&レスポンスで、まぁ要するに名前を呼ばれたら元気に大きな声でお返事をしましょうってことですね。

名前を呼んだり呼ばれたりするとき、互いの関係性が重要になってきます。
 君の名前/熊木杏里
 君の名前を呼んだ後に/槇原敬之
 君の名前呼ぶだけで/菅崎茜
ドラマ『寺内貫太郎一家』で悠木千帆(樹木希林)演じる“きん婆さん”が毎回ポスターを見つめ、ついには感極まって発する「ジュリ~~ッ」。
あれは周りに誰もいないという前提ですが、その激情の独白は、映画『青い山脈』のラストで海に向って「俺は新子さんが好きだー」「私も六助さんが好きだー」と叫ぶ、あれと本質的に同じものですね。

自分の名が呼ばれるときは、できれば良い関係性の中で呼ばれたい。
みなさんは裁判官から人定質問をされたことがありますか? 私はあります。
法廷において自分の名を訊かれてその名を口にするということは自分が当該人物であると認めたことになるんですね。それくらい名乗りというのは大事なんです。
みなさんはいきなり面と向って「そこのメガネのあなた」と呼ばれたことはありますか? 私はあります。
実に失礼な奴もいたものです。社会常識のカケラもない。でもそういう人はけっこういるんですよ。

監獄では番号で呼ばれ、番号で名乗るとか。これは世界共通のようです。
ここで持ち出すのもなんですが、サトウハチロー作詞、中田喜直作曲の『とんとんともだち』という童謡は、数え歌のように「一ちゃん」から「きゅうどん」まで順に名前(?)を呼んでいく歌でした。これは『きみのなまえ』と違って一方的に呼ぶだけ。しかもその名がひとクラス9人のある意味“序列”になってるような呼び方で、一人が叱られたら全員で謝るという、戦前風の連帯責任論になってます。

人を呼ぶのに明治時代の巡査は「おいこら」といったそうです。泉鏡花の『夜行巡査』でも「おいこら」です。しかも相手の身分・職業によって使い分けていたらしい。実にいやらしい根性です。
当時もそうでしょうけど、今も警官や機動隊員は規則はどうであれ、けっして名乗りません。役職も言わないし、ふつうは名刺も出さない。こちらが認識番号を尋ねると激昂することが多い。それなのにこちらが黙っていると「おいおいおまえ黙秘する気か」と権力を傘に着て敵意をむき出しにする。これもほとんどの国でそうなんでしょう。

あれは何の映画だったでしょうか。その家の奥様が住み込みの女中(お手伝いさん)として雇った娘に、「○○子だなんて偉そうな名前だね、呼びにくいから今日からお前はおさとだよ、いいねッ」と勝手に名前を付け替えるシーンがありました。
私にも似たような経験が2度あります。
むかし撮影所の上司が、私の姓が呼びにくい(発音しにくい?)などとして一方的に「タキ」と呼んだことがありました。いまひとつは、某出版社の編集者に、正式に依頼されて書いた原稿であるにもかかわらず筆者名を無断で本名にされそうになったことがあった。
いずれも私の意思を無視して名前を変えようと試みた事例です。
名を奪われる人、名を匿(かく)す人、名を変えられそうになる人、いろいろです。

「よばれてとびでて」のハクション大魔王は名を呼ばれるわけじゃない。ありゃクシャミですよね。大魔王にはジンという名前があるから「ハクション」は名前じゃない。とすれば実際は呼ばれたわけじゃないから、クシャミの音で飛び出るという生理的反応・有機的システムなのか、なにかの呪いか、それこそが魔法なのか。
水戸黄門で何度使われたか知れない「あれ?誰か噂してやがら」「なんだ風邪か」は、結果がクシャミですから順序が逆になります。

これは私の持論ですがね、出生時 役所に届け出る名前は本当の名前じゃない。あんなもんは管理コードの属性の一つでしかありません。もちろん親の希(ねが)いとか気持ちが籠められてることは確かでしょう。でもしょせんは幼名です。
本当の名は元服時に自分で名乗るものであって、与えられた名前じゃない。自分の責任において自分にふさわしい名前を自分で決めるんです。自分が何者であるかを悟り、今後どうあるべきかを考えれば、名乗るべき名はおのずと決まるでしょう。昔の人はそうやってたんです。
自分で自分の名を決められるのは人間だけです。我々は人間なんです。名前を考えましょう。
これ、今回の結論かな?(※筆者と閲覧者はここで互いに失笑)

えー、じゃ最後に、お名前ソングの王道をいく楽曲をいくつか挙げまして、今日のとこはおひらきってことで。

シングル「おみつちゃん」ショニー・シンバルシングル「青島だァー」青島幸男
シングル「ごめんネ……ジロー」奥村チヨシングル「サチオ君」いしだ・あゆみ
シングル「メリー・ジェーン」つのだ★ひろシングル「走れコウタロー」ソルティー・シュガー
シングル「タローちゃん」菅原昭子シングル「そんなヒロシに騙されて」ジューシィ・フルーツ

加代ちゃん/田端義夫
お加代ちゃん/松村和子
ミヨちゃん/平尾昌章
花子さん/山下敬二郎
お花ちゃん/三橋美智也、斉藤京子
お菊ちゃん/小桜姉妹
咲子さんちょっと/江利チエミ
おケイちゃん/春日八郎
おみつちゃん/ショニー・シンバル
おきんちゃん/藤野とし恵
ひとみちゃん/神戸一郎
さなえちゃん/古井戸
アッコちゃん/水木誠
アコちゃん/フランク永井
京子ちゃん/ガガガSP
涙のペケ子ちゃん/東京ぼん太
留子ちゃんたら/ごまのはえ
ごめんねチコちゃん/三田明
ごめんね Yuji/キム・ヂョンチャン、深谷次郎・夏樹陽子
ごめんネ……ジロー/奥村チヨ
今さらジロー/小柳ルミ子
タローちゃん/菅原昭子
走れコウタロー/ソルティー・シュガー
夜霧に消えたチャコ/フランク永井
ケンちゃん/HIGHEAW61
ゴロちゃん/鈴木蘭々
銀ちゃんのラブレター/PIZZICATO FIVE
サチオ君/いしだ・あゆみ
山口さんちのツトム君/川橋啓史(NHK東京児童合唱団)
ひろし君の世界/奈良富士子
ヒロシの想い出/浅田美代子
そんなヒロシに騙されて/ジューシィ・フルーツ
ハチのムサシは死んだのさ/平田隆夫とセルスターズ
なァ八ちゃん/春日八郎
青島だァー/青島幸男
おーい中村君/若原一郎
どうもどうもサトーさん/美唄五郎
あれからどうした中村君/若原一郎
斉藤君の場合/ウラニーノ
がんばれ、タカハシ!/BAKUFU-SLUMP
与作/北島三郎
ヘイ!ミスター・ヨサク/パラクーダ
安奈/甲斐バンド
アンジェリーナ/矢沢永吉
さよならアンジェリーナ/堂本剛
リーナ泣くなよ/曽根史郎
気ままなジーナ/松尾ジーナ
霧の中のミーナ/レイコとミツコ
いとしのマックス/荒木一郎
いとしのジザベル/ザ・ゴールデン・カップス
愛するノーラへ/西郷輝彦
オリビアの調べ/フォーリーブス
セシリア・Bの片思い/山瀬まみ
ジュリアに傷心(ハートブレイク)/チェッカーズ
リンダ/アン・ルイス
リンダリンダ/THE BLUE HEARTS
白馬のルンナ/内藤洋子
傷だらけのローラ/西城秀樹
夢見るアニー/水野きみこ
僕のマリー/ザ・タイガース
五番街のマリーへ/ペドロ&カプリシャス
マリアの泉/ジャッキー吉川とブルー・コメッツ
マリちゃんたらマリちゃん/ザ・エコーズ
マリアンヌ/千賀かほる
あなたのリリー・マルレーン/平山洋子
OK!マリアンヌ/ビートたけし
ジョニィへの伝言/ペドロ&カプリシャス
硝子のジョニー/アイ・ジョージ
さすらいのジョニー/加奈まゆみ
波乗りジョニー/桑田佳祐
淋しいジェニー/491(フォー・ナイン・エース)
みんな好きだよジェニー/紀南あきら
ジュリアン/PRINCESS PRINCESS
メリー・ジェーン/つのだ★ひろ
ケンとメリー~愛と風のように~/バズ
大きな春子ちゃん/RCサクセション
夏子の季節/舟木一夫
夏色のナンシー/早見 優
星空の秋子/氷川きよし
お秋という女/村田英雄
冬子という女/フランク永井
さようならアイコさん/フランク永井
港のおりくさん/若原一郎
由紀子はいつも/奈良光枝
露子に逢いたい/石原裕次郎
露子の手紙/石原裕次郎
ユキコの灯/仲宗根美樹
紅子のバラード/アイ・ジョージ
霧子のタンゴ/フランク永井
ケメ子の歌/ザ・ダーツ、ザ・ジャイアンツ、平凡パンチ(高田純次)
江梨子/橋幸夫
志津子/島和彦
亜紀子/小林繁
今日子/橋幸夫
圭子/三島敏夫
純子/小林旭
順子/長渕剛
SACHIKO/ばんばひろふみ
サチコ/ニック・ニューサ



もうこれは、きりがない

唯名主義というものがあります。
本質よりもその比喩・記号を、「体」より「名」を有り難がる、ある種の倒錯的心理といえましょう。
観測不能で「信じる」しかない神や仏や宇宙の真理などについては、まさに唯名主義者の独壇場です。
あたしゃ呼べば答える山のこだまのほうがよっぽど有難いですがね。マ、こりゃ余談です。

 

追加記事

これは笑えます。
(2010年2月15日)

 

2009/6/27 土曜日

お名前ソング、追悼ソング (2)

カテゴリー: broadside ballad — eiji @ 17:38:25

では次に、実在した人物の名が使われてる歌で、明らかに追悼ソングではないものを見ていきましょう。
歴史的有名人の名とイメージを借用した例では、
 ツタンカーメン/ジンギスカン
 クレオパトラの夢/バド・パウエル
 ティーンエイジ・クレオパトラ/トレイシー・デイ
 クレオパトラ/フランキー・アヴァロン
 シーザーとクレオパトラ/沢リリ子 (MGM『クレオパトラ』主題歌)
 クレオパトラの涙/由紀さおり
 Cleopatra’s Needle/Ahab & the Wailers
 テムジン/ジンギスカン
 ジンギスカン/ジンギスカン
 チンギス・ハーン/岡林信康
 ヘンリー8世君/ハーマンズ・ハーミッツ
 レディ・ジェーン/ザ・ローリング・ストーンズ

LP「THEY'RE COMING TO TAKE ME AWAY, HA-HAAA!」NAPOLEON XIV

 (上)狂ったナポレオン, ヒヒ, ハハ……/ナポレオン14世 (ライノのリイシューLP)
 ナポレオンの右手のように/工藤たけし
 ピンクのモーツァルト/松田聖子
 雨音はショパンの調べ/小林麻美
 雨音はショパンの調べ/愛里(カバー)
 雨音はショパンの調べ/ガゼボ(カバー)
 SAIHATE HOTEL/稲葉浩志 (ショパン)
 シューベルト物語/ニッキー
 恋は未完成(シューベルト)/一条恵三奈 (ルビとして)
 ブラームスはロックがお好き/MIE
 弁解ドビュッシー/椎名林檎
 ロダンの肖像/弘田三枝子
 カスパル・ハウザー/ジンギスカン
 怪僧ラスプーチン/ボニーM
 酋長ジェロニモ/ジョージ・ジョーンズ
 竜馬がゆく/奥田清、コールアカシヤ
 竜馬の恋/村田英雄
 西郷どん/春日八郎
 三宅伝八郎はよか稚児ざくら/こまどり姉妹 (1962年7月封切『馬上の若武者』に先駆けて同年2月リリースの曲)
 ちゃっきり節/ (清水の次郎長)
 ミスター・ボージャングルス/ニッティ・グリッティ・ダート・バンド (ビル・ “ボージャングルス” ・ロビンソン)
 わたしはジャン・コクトーを知っていた/加藤和彦
 ロンリー・チャップリン/鈴木聖美 with Rats & Star
 拝啓トルーマン大統領/シカゴ
 ジェイムス・ディーン/イーグルス
 てぃーんずぶるーす/原田真二 (ジェームス・ディーン)
 HERO ヒーローになる時、それは今/甲斐バンド (ジェームス・ディーン)
 ”16″/BOΦWY (ジェームス・ディーン)
 ジェームス・ディーン/ザ・クロマニヨンズ (タイトルだけで、詞はバンド活動サイコーという趣旨)
 ジェームス・ディーンみたいな女の子/大沢逸美
 ジェームス・ディーンのように/Johnny
 ジェームスディーンのように 2002/横浜銀蝿
 アンジェリーナ/佐野元春 (ジェームス・ディーン)
 TAXI乗りたて/グループ魂 (ジェームス・ディーン)
 アメリカかぶれ/郷ひろみ (ジェームス・ディーン、エルビス・プレスリー)
 ゴロワーズを吸ったことがあるかい/かまやつひろし (ジャン・ギャバン、ナポレオン、マリー・アントワネット、ミック・ジャガー)

シングル「マリリン・モンロー ノー・リターン」野坂昭如シングル「ローリング・ストーンズは来なかった」西郷輝彦

 (上左)マリリン・モンロー ノー・リターン/野坂昭如
 素顔のままで~ノーマ・ジーンのように/田嶋里香
バンド讃歌あるいは有名バンドへの言及ではビートルズが一番多いでしょうが別ジャンルということで。ここではストーンズ物を。
しかしバンド物も含めると新撰組、白虎隊、海援隊といった集団名まで出さないとダメかな???
 (上右)ローリング・ストーンズは来なかった/西郷輝彦 (1973年6月)
 僕が欲しいもの/TRICERATOPS (ローリング・ストーンズ)
 マリワナ伯爵/サザンオールスターズ (ローリング・ストーンズ)
 臭いものにはフタをしろ!!/森高千里 (ローリング・ストーンズ)
 ホンキーマン/ウルフルズ (ミック・ジャガー)
 僕らのヒーロー/中島卓偉(TAKUI) (ジョーイ、ジミ、ボブ、ミック、ジョニー、ジョン)
ジョーイ・ラモーン、ジミ・ヘンドリックス、ボブ・ディラン、ミック・ジャガー、ジョニー・ウインター、ジョン・レノンであるか?
 金色のライオン/川村かおり (セックス・ピストルズ)
 (下左)ジャニスを聴きながら/荒木一郎 (1975年。イアンでなくジョプリン。A面は『君に捧げるほろ苦いブルース』)
 ジャニスを聴きながら/あおい輝彦 (カバー)
 ジャニスを聴きながら/江本孟紀、入江真知子 (カバー)
 ブルース・リー/マーカス・ミラー
 (下右)サルトルで眠れない/早瀬優香子 (1986年1月)
 今でも…今なら…/大神いずみ (ジョン・コルトレーン)
 グレース・ケリー/MIKA

シングル「君に捧げるほろ苦いブルース」荒木一郎シングル「サルトルで眠れない」早瀬優香子
コンパクト盤「Anti-war FOLK SONG」東京フォーク・ゲリラシングル「タモリきいてちょ!!」水谷ミミ

歌が作られた時点で名前の主が生きてる場合としては、
 栄ちゃんのバラード/ (作詞・作曲:南大阪ベ平連。上左は東京フォーク・ゲリラの日比谷野音実況録音盤)
 ディグ・イット/ザ・ビートルズ (B.B.キング、ドリス・デイ、マット・バスビー)
 ジョンとヨーコ/中山恵司 (1971年5月。作詞:阿久悠、作曲:高瀬タカシ、B面:さらば)
 恋文/由紀さおり (1973年8月。シャルル・アズナブール)
 アル・パシーノ+アラン・ドロン<あなた/榊原郁恵
 私のフランソワーズ/荒井由実 (サガンでなくアルディー)
 ツイッギー・ツイッギー/野宮真貴
 ベティ・デイビスの瞳/キム・カーンズ
 (上右)タモリきいてちょ!!/水谷ミミ
 元祖高木ブー伝説/筋肉少女帯 (高木ブーは2009年6月現在、ご健在です)
 借りたままのサリンジャー/山崎美貴 (1985年11月)
 JACK NICOLSON/bloodthirsty butchers (2004年)
 LIKE B.B./武田真理子 (2004年三愛水着イメージガール。2004年5月)
 ジェームズ・ブラウン・イズ・デッド/L.A.スタイル

などがありますね。探せばもっと出てきそうです。
こうした例では、誰もが知っていて、そのイメージがある程度ハッキリしていることが重要です。
使われ方としては、純然たるトリビュート・ソングもあれば、名指しでの批判、単なるイメージ借用もあって、いろいろです。
椎名林檎の『弁解ドビュッシー』のように、単に語感だけでタイトルに用い、歌詞には出てこない、という使い方も多々見受けられます。
――困ったもんですね。

本人が無名のときに歌ができて、あとから本人が有名人になったという例もあります。
 ナンシー/フランク・シナトラ (1945年)
1944年、シナトラが当時2歳の娘ナンシーのために作らせた歌。その娘がのちにセクシー路線で人気歌手になろうとはさすがのシナトラも想像しなかったでしょう。
そのほか、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコの、ニコが、自身とアラン・ドロンとの間に設けた(らしい)男の子アリ(=アリ・ブーローニュ)について歌っている、その名もズバリ『アリの歌』というのが知られています。2001年4月にはアリが書いた自伝『L’Amour N’Oublie Jamais(Love Never Forgets)』が出版され、ベストセラーとなりました。

LP「ディスカヴァー・アメリカ」ヴァン・ダイク・パークス

(上)ヴァン・ダイク・パークスのLP『ディスカヴァー・アメリカ』(1972年)。
ウエストコースト・ロック史上に燦然と輝くバーバンク・サウンドの、そのキーマンの一人ヴァン・ダイク・パークスの超有名盤で、残念ながら私が持ってるのは英エドセル・レコードによるリイシュー(ジャケット下にマークがついてるでしょ?)。確か1987年の発売だったと記憶してます。
お名前ソングという観点でこのアルバムを語る人は私くらいでしょう(笑)
登場する人物は俳優、歌手、大統領、FBI長官など多岐にわたってます。
総体“カリプソ愛”に充ち満ちていて、アッティラ・ザ・フンなどで知られるカリプソ音楽のヒット曲『ルーズヴェルトのトリニダード訪問』とかあるので、このアルバムで初めて知った『ジョン・ジョーンズ』という歌の主人公であるジョン・ジョーンズも実在する人物なんだろうと思い、LPを買った当時、調べてみたことがありました。

建国から第2次世界大戦くらいまでの間にアメリカ史に登場するジョン・ジョーンズで、西インド諸島に関連する人物だろうと見当をつけ暇つぶしに……元いッ、虱つぶしに当たったんですけどね。これがどうにも分らない。
で、諦めました。
ホンダCITYのCMで日本でも大人気だったマッドネスがカバーしてるルディ・ミルズのレゲエ『ジョン・ジョーンズ』は、作者名のクレジットが曲のプロデューサーでもあるDerrick Harriottとなっていて、いわゆるトラディショナルじゃない。伝承曲の存在をふまえたものにせよ、やはり別ものと考えるべきでしょうねぇ。

童謡『サッちゃん』じゃないですが、いかにも育ちのいい“坊ちゃん”タイプのヴァン・ダイク・パークスは自分の名を冠した歌も歌ってます。
1968年の初アルバム『ソング・サイクル』で、Public Domain(著作権切れ)の19世紀イギリスの『讃美歌320番 主よ、みもとに(聖歌260番 主よいよいよ)』(作詞:Sarah Flower Adams、作曲:Lowell Mason、1856年)の一節、
 yet in my dreams I’d be nearer, my God to thee
 Nearer, my God, to thee, nearer to thee!
 (訳)ただ夢見るは 主よ御許に近づかん
    主よ御許に近づかん 主よ御許に近づかん
を、
 Yet all my dreams shall be nearer my God to Thee.
 Nearer my God to Thee. Nearer to Thee.
として、
自分の名前『Van Dyke Parks』のタイトルで歌っております。いわば自分のテーマソングということでしょう。
自身のアイデンティティを歌にするにあたり、こういう手法を用いるところが、いかにも凝り性ミュージシャンらしくて面白いですね。

“キャラの立ってる”有名人であれば、何も実在の人物じゃなくてかまわないわけですし、実在したとしても伝未詳で虚像ばかりが独り歩きしている歴史的人物も多いですから。
 サブウェイ特急/矢沢永吉
では、実在の人物ジェームス・ディーン、小説・映画の主人公ジェームス・ボンド(詞ではおそらくショーン・コネリーを想定している)、ビートルズの歌の主人公エリナーリグビィー(=エリナー・リグビー=エレノア・リグビー)が、地下鉄に乗ってるお疲れ顔の乗客へのメッセージの中に“勧請”されています。地下鉄ソングとしては私はペトゥラ・クラークの『天使のささやき』と好一対の曲だと思いますよ。

虚像ばかりが独り歩きするというのは、キャラクターが拡大再生産、または再利用されているということですね。
日本の場合、実在の人物、例えば名の知れた武将であるとか、市井の無名人でありながらたまたま事件を起こして一時 名前が知れ渡ってしまった人たちとかが、
能、謡曲、地歌、人形浄瑠璃、歌舞伎、舞踊、伝承譚、民話、昔話、御伽草子、浮世草子、俗謡、説経節、浪花節、あほだら経、講談、芝居、落語、尋常小学校修身書、活動写真、小説、立川文庫、紙芝居、新聞、雑誌、ラジオ、流行歌・・・
などで取り上げられることにより、
実像とかけ離れた特異なキャラクターとして認識される例が多い。これは広大なインド亜大陸の各地で釈迦の名を使ってさまざまなお経が作られていったのとよく似てるんじゃないでしょうかネ。

(下左)牛若丸/三田明(1966年)
(下右)弁慶さん/松原ゆき子 (1966年2月)
シングル「牛若丸」三田明シングル「弁慶さん」松原ゆき子

 牛若丸/美空ひばり
 花の義経/山田太郎
 敦盛哀歌/舟木一夫
 大楠公/有島通男
 清正さん/藤本二三吉
 独眼流参上/村田英雄
 あゝ大阪城/三橋美智也
 あゝ川中島/斎藤京子
 ああ本能寺/下谷二三子
 曾我物語/三波春夫
 曽我の討入り/三波春夫  (歌謡浪曲)
 宮本武蔵の唄/樋口静夫
 お夏清十郎/東海林太郎
 お夏清十郎/美空ひばり
 お染久松/美空ひばり
 おかる道ゆき/美空ひばり
 八百屋お七の唄/美空ひばり
 お俊恋唄/榎本美佐江
 おしゅん晴れ姿/曽根史郎
 恋の藤十郎/若原一郎 (菊池寛の新歌舞伎に初代を主人公とした『藤十郎の恋』があり映画化もされた)
 唐人お吉の唄(明烏編)/藤本二三吉
 唐人お吉の唄(黒船編)/佐藤千夜子
 啄木旅愁/三橋美智也
 がんくつ王/村田英雄

これらの歌は、実在した または実在したらしい人物に関する拡大再生産のフィルターを通過した後の、あくまでも作品です。
けっして史実の記録じゃない。フィクションを交えて、面白おかしく、感動的に再構成した商品なんです。
虚実皮膜どころか嘘八百、本当なのは名前だけかもしれない。
歌というものはとりわけその傾向性が甚(はなは)だしく、現時点においては映像に次いで、影響力、感化力があるメディアだと、私は認識しています。若い人や齢(トシ)いってても情動的な人には特に有効でしょう。
そういや北朝鮮が金正雲を偉大な後継者に祭り上げる歌を子供に歌わせてるそうですね。

神話・伝説・小説・演劇・映画・漫画・アニメ等の登場人物の歌は、お名前ソングということでは、実は今では一番多いかもしれません。
なにしろ日々、アニメの主題歌・挿入歌が世界中で量産されてるんですから。

架空の人物の名を使った例では、
 ヴィーナス/フランキー・アヴァロン
 ヴィーナス/ショッキング・ブルー
 気まぐれヴィーナス/桜田淳子
 裸のビーナス/郷ひろみ
 ブルー・ジーン・ビーナス(ヴィーナス・イン・ブルー・ジーンズ)/ジミー・クラントン (ヴィーナス、モナリザ、シンデレラ)
 Adonis/Terri Dean (アドーニス、ヴィーナス)
 黒いオルフェ、オルフェの歌、カーニヴァルの朝/ (映画『黒いオルフェ』主題歌)
 ヒーロー/ボニー・タイラー (比喩としてヘラクレスの名が出てくる)
 アダムとイブの物語/ポール・アンカ
 アダムとリンゴ/バリー・ダーヴェル
 バイ・バイ・アダム/和田アキ子
 未來のイヴ/宝野アリカ (イヴ、メフィストフェレス)
 聖母(マドンナ)たちのララバイ/岩崎宏美 (聖母にマドンナのルビなら聖母マリアだが「たち」と複数。しかも戦士を慰めるママ代わり)
シングル「サバの女王」ローラン (右)サバの女王/ローラン (実在の人物?)
 キューピー・ドール/ペリー・コモ
 Mr. Cupid/The Vespers
 Poor Little Cupid/Joe Dowell
 キューピッドよあの娘を狙え/サム・クック
 キューピッド/ドリフターズ (カバー)
 キューピッド/オーティス・レディング (カバー)
 キューピッドよ、あの娘をねらえ/サム&デイヴ (カバー)
 Cupid/トム・ジョーンズ (カバー)
 キューピッド/グレアム・パーカー (カバー)
 キューピッド/スピナーズ (カバー)
 Cupid/エイミー・ワインハウス (カバー)
 恋のキューピット(間抜けなキューピット)/コニー・フランシス
 間抜けなキューピット/ニール・セダカ (作者のセルフカバー)
 ぼくと月とキューピッド/ジーン・ピットニー
 私と月とキューピッド/パティ・コギン (カバー)
 キューピッドLOVE/花井その子
 モナ・リザ/ナット・キング・コール
 モナリザの星/アイ・ジョージ
 モナリザの微笑(ほほえみ)/ザ・タイガース
 モナリザの秘密/郷ひろみ
 モナリザ仁義/鈴江京子
 シンデレラ/ポール・アンカ
 シンデレラ・ジョーンズ/ペトゥラ・クラーク
 シンデレラ/ジャッキー吉川とブルー・コメッツ
 シンデレラ・サマー/石川優子
 シンデレラたちへの伝言/高井麻巳子
 不思議な国のアリス/ニール・セダカ
 HERO/GIFT (幼少時に憧れたヒーローはピーターパンという内容)
 キャプテン・ネモ/ジンギスカン
 ハッチ大作戦/ジンギスカン
とかがありますし、

演劇・歌劇・映画の登場人物とそのイメージを転用・流用した例としては、
 ハムレットの歌/藤山一郎
 長崎のお蝶さん/渡辺はま子
 長崎の蝶々さん/美空ひばり
 東京ティティナ/生田恵子 (1953年8月。正確には登場人物ではないが『モダン・タイムス』の劇中歌の主人公)
 可愛いいティティナ/美空ひばり
 カスバの女/エト邦枝
 カスバの女/緑川アコ (カバー)
 ミスター・ロビンソン/内田喜郎 (1971年5月)
 ミスター・グッドバーを探して/細坪基佳 (1979年。ヒットした同名映画は78年日本公開)
あたりは知ってる人は知っている、という感じでしょう。

ボガード、バ-グマンの『カサブランカ』に影響された歌は戦後すぐの日本初公開時から何曲も作られているのに、なぜか言及は地名と名セリフだけで2人の名前がないのは不思議な感じがします。やはりボガードのギャング顔はJapaneseにはイマイチだったのかな。

 
シングル「お染さん久松さん」ひばり姉妹シングル「桃太郎さん」名城かつ子
(上左)お染さん久松さん/ひばり姉妹 (1965年10月)
(上右)桃太郎さん/名城かつ子(1966年10月)

歌舞伎となるとちょっと増えます。
 直侍/浅草〆香、台詞:市川羽左衛門
 白浪五人男/楠木繁夫、美ち奴、藤山一郎、木村 肇、杵淵一朗
 直次郎はん/鈴木三重子
 お富さん/春日八郎
 恋の権八/春日八郎
 与三さん/照菊
 河内山/白根一男
 弁天小僧/三浦洸一
 重の井子別れ/三橋美智也
 御存じ弁天小僧/美空ひばり
 お嬢吉三/橋幸夫

浄瑠璃・浪花節ではこんなのはどうでしょう。のっけから「夢が浮世か浮世が夢か、ドゥールットゥトゥシュブン」ですから。 「頃は六月なかのころ、ランランゲレラン、アゲレラン」・・・ ま、こりゃ冗談ですが、おなじみの壷坂霊験記から
 壺坂小唄/天津羽衣
 お里沢市 壺坂物語/三波春夫 (歌謡浪曲)
 名月綾太郎ぶし 壷坂霊験記/三波春夫 (歌謡浪曲)

今でいうメディアミックスは江戸時代にもありました。違うジャンルで相前後して作品化されることは珍しくなかった。
昭和に入ってからは、小説(雑誌)、芝居、映画、流行歌(レコード)、ラジオ(のちにはテレビ)が強力にリンクするようになりました。
トーキーの時代になると主題歌・挿入歌がレコードで発売され、相乗効果を生むようになります。
再映画化で新しい歌が作られたり、当代の人気者が元の歌をカバーしたり、ときには便乗ソングが生れたりもしました。
以下、代表的な作品群だけ挙げておきましょう。

 弥次喜多行進曲/小沢季夫、東海林太郎
 丹下左膳の唄/楠木繁夫
 婦系図の歌(湯島の白梅)/小畑実、藤原亮子

 月形半平太の唄/東海林太郎
 月形半平太の唄/美空ひばり

 番場の忠太郎/真山一郎  (歌謡浪曲)
 忠太郎月夜/三波春夫
 瞼の母/三波春夫  (歌謡浪曲)
 瞼の母/中村 美律子
 瞼の母/島津亜矢 (同じ曲)
 番場の忠太郎/氷川きよし

 沓掛小唄/曾我直子 (日活『沓掛時次郎』)
 沓掛時次郎/北廉太郎 (日活『沓掛時次郎』)
 沓掛月夜/照菊
 沓掛月夜唄/白根一男
 沓掛時次郎/三波春夫
 沓掛時次郎/橋幸夫
 遊侠一匹/フランク永井 (東映『沓掛時次郎 遊侠一匹』)

 人生劇場/楠木繁夫(日活『人生劇場 残侠編』)、村田英雄
 人生劇場(続残侠篇)/村田英雄  (歌謡浪曲)
 人生劇場(吉良常の最期)/村田英雄  (歌謡浪曲)
 人生劇場の歌/宇都美 清
 残侠吉良常の唄/鉄鉋光三郎
 男吉良常/村田英雄
 飛車角太鼓/金田たつえ

 お島千太郎旅唄/伊藤久男、二葉あき子 (東宝『蛇姫様』)
 蛇姫様/美空ひばり
 お島千太郎/美空ひばり
 お島・千太郎 つれ舞い道中/鏡 五郎、真木柚布子
 蛇姫様/高英男

 勘太郎月夜唄/小畑実、藤原亮子 (東宝『伊那の勘太郎』)
 勘太郎笠/三浦洸一
 勘太郎凧/田端義夫、大高沙子
 勘太郎天竜唄/藤島桓夫

 雪之丞変化/美空ひばり (新東宝『競艶雪之丞変化』)
 江戸の闇太郎/美空ひばり (  〃  )

 姿三四郎/村田英雄 (フジテレビ『姿三四郎』)
 姿三四郎(右京ケ原の決斗)/村田英雄  (歌謡浪曲)
 姿三四郎/姿憲子 (NTV『姿三四郎』)
 江戸の三四郎さん/高田浩吉
 女三四郎/水前寺清子

講談・浪花節のヒーローが小説になったり、
小説・戯曲が映画になって、のちに浪曲・歌謡浪曲になったりする例もあります。

 名月赤城山/東海林太郎
 赤城の子守唄/東海林太郎
 赤城しぐれ/霧島昇
 赤城の三人男/村田英雄
 忠治子守唄/藤島桓夫
 忠治流転笠/小畑実
 忠治流転笠/三波春夫

国定忠治も清水次郎長(しみずの じろちょう)実在の侠客でした。
明治26年まで存命だった次郎長を「伝説」化したのは、講談の三代目神田伯山、浪曲の二代目広沢虎造、そして小説家の村上元三です。

 旅姿三人男/ディックミネ
 吉良の仁吉/美ち奴
 吉良の仁吉/村田英雄
 仁吉男笠/三波春夫
 仁吉は男/若原一郎
 あゝ荒神山/三波春夫
 石松野郎の歌/ジェリー藤尾
 俺ら次郎長/橋幸夫
 次郎長富士/北島三郎
 旅姿三人男/竹脇無我 (カバー。フジテレビ『清水次郎長』)
 任侠清水港 (フジテレビ『清水次郎長』)
 吉良の仁吉/天童よしみ
 おんな次郎長/天童よしみ
 河内の次郎長/眞山一郎
 鴛鴦東海道/三笠優子
 ~吉良の仁吉の妻~ お菊残照/三笠優子
 お蝶次郎長恋姿/竹川美子、岡千秋
 次郎長・お蝶ふたり笠/松平健、真木由布子
 夜もすがら踊る石松/中村美律子
 渡り鳥姉妹/春野百合子、中村美律子
 東海道/鳥羽一郎
 風劇場/Mr.中村半次郎
 うなれ! TORAZO!/the Case BY Case ふみまる&じんじん (アニメ浪曲紀行「清水次郎長伝」)
 次郎長パソドブレ/the Case BY Case おしげ(  〃  )

 華原朋美の『あのさよならにさよならを』はNHK木曜時代劇『次郎長 背負い富士』の主題歌でしたが、歌詞には一切 次郎長は出てきませんし、時代劇らしさもありません。敏感な人ならアレッ?と思うようなこうした使われ方では、たいがいロイヤルティの配分が話し合われたりするんですが。

それにしても副次的・衛星的存在としての楽曲は実に多い。多すぎます。
映画にしろドラマにしろアニメにしろ主人公がいるわけで、その主題歌・挿入歌・イメージソングともなると、当然のように名前が入りますが、そういうのまで果してお名前ソングにカウントしていいものかどうか。
あなたは、どう思いますか。

ところで、架空人物の追悼歌があったとして、それがほんとうの追悼ソングといえるのか、というまたヒジョーにムツカシい問題があります。

で触れた「デス・ディスク」にはそうした要素がかなりある、と私は思ってます。ただ漫画やアニメのジャンルとなると個人的に線を引きたくなってきます。
私は“力石徹の葬儀”というイベントをメーンにしたあのファンの集い(1970年3月24日)に行こうと思えば行けましたが、当時、行く気にはなれない、とハッキリ自覚しておりました。今から考えりゃ行っときゃよかったナと(笑)

 

2009/6/26 金曜日

お名前ソング、追悼ソング (1)

カテゴリー: broadside ballad — eiji @ 17:37:03

漣健児訳詞の『トランジスター・シスター』って聴いたことありますか?
歌の中に、当時の若手人気歌手の名がたくさん出てきて、これがなかなか面白いんです。
九ちゃんは坂本九、加代ちゃんは森山加代子、みどりちゃんは田代みどり、では謙ちゃんはというと、飯田久彦と同じコロムビア所属の北原謙二でした。
そういうふうに人気スターの名前がいくつも登場したり、曲名やそのさわりが出てくるパターンは、
 リメンバー・ザット・クレイジー・ロック・アンド・ロール・チューン/ザ・シェファード・シスターズ
 ディア・ミスター・D.J./ティナ・ロビン
 ティーンエイジ・ヘヴン・ジョニー・シンバル
 ロックンロール・リヴァイヴァル/ファイヴ・ディスクス
 One Of The Guys/The Viscounts(ザ・ヴァイカウンツ)
 ミスター・ソングライター/コニー・スティーヴンス
 ウェルカム・トゥ・ザ・パーティ/ピクシーズ・スリー
 スイート・ソウル・ミュージック/アーサー・コンレー
 ロックン・ロール天国/ライチャス・ブラザース
 ロックン・ロール天国/ロニー・キンボール
 Looking For An Echo/Kenny Vance & The Planotones ※cf.映画『奇跡の歌』(1998年)
など、60年代のリスペクト、オマージュ、オード(頌賦)、アンセム(頌歌・讃歌・奉祝曲)、追悼ソング、トリビュート・ソングに多く見受けられる特徴のひとつでした。
(青空一夜が歌った『タイトルくずし』というのがあります。これは全35曲のヒット曲の題名を綴った歌詞なのですが、ちゃんと歌になってるんですね。人名の折込みでは大正5年の『新磯節』、自動車名では『自動車ショー歌』が有名です)

シングル「恋のヒット・パレード」クレイグ・ダグラス例えばこういうのもそうです。
(左)クレイグ・ダグラスの『恋のヒット・パレード』(1962年10月)
ゲイリー・クリス『二人のメロディ』の英国カバー盤。
レコードショップから聞こえてくるのは二人が夢中になった恋の歌、ラジオをつけたも流れてくるのは二人が大好きだった切ない失恋の歌、あゝ辛くなるからやめてくれ、というシチュエーションで、当時のヒット曲名や詞のフレーズがたくさん出てきます。
ゲイリー・クリス盤にボビー・ヴィーの『サヨナラ・ベイビー』が歌として、つまりメロディ込みで“引用”されてるのに対し、クレイグのヴァージョンでは曲名だけでメロディーはスルー。
イギリスのほうが著作権意識・遵法意識が高かったということでしょうかね。

 シングル「バブル・ガム・ミュージック」ロック・アンド・ロール・ダブル・バブル・トレイディング・カード・カンパニー・オブ・フォラデルフィア・19141(右)ロック・アンド・ロール・ダブル・バブル・トレイディング・カード・カンパニー・オブ・フォラデルフィア・19141の『バブル・ガム・ミュージック』(1969年3月)
こちらはさしずめバブルガムミュージックの手前味噌なPRソングといったところ。
 Tommy Boyce
 Bobby Heart
 Monkees
 Grateful Daed
 Herbie Alpert(=Herb Alpert)
などの仕掛け人や人気グループの名前のほかに、『サイモン・セッズ』『ヤミー・ヤミー・ヤミー』の曲名が登場します。このうちハーブ・アルパートについては「もう古い」と否定的意味合いで名を挙げてます。つまりブッダ・レコードとしてA&Mレコードにケンカを売ってるわけですね。
プロデュースと作詞・作曲は『あたしのボーイフレンド』(歌=ジ・エンジェルズ)で知られるジェリー・ゴールドスタインとボブ・フェルドマンでした。

シングル「ヘイル!ヘイル!ロック・アンド・ロール!」スターランド・ヴォーカル・バンド(左)スターランド・ヴォーカル・バンドの『ヘイル!ヘイル!ロック・アンド・ロール!』(1977年)
ディック・クラークのドキュメンタリー映画『ロックの歴史』に使われた、彼らの3枚目のシングル。
ジョニーB(グッド)、ペギー・スー、(ヘルプ・ミー)ロンダなど、ロックンロールのタイトルや詞に登場する人名を織り込んだ、アバ風サウンドのロックンロール讃歌でした。
この曲では、引用され詞に織り込まれたのは人名だったわけですが、
コーラスのハミングや囃し言葉、ドゥーワップのスタイルを織り込んだものでは『ミスター・ベースマン』、『シビレさせたのは誰?』、『Shoop Shoop De Doop Rama Lama Ding Dong Yeah Yeah Yeah』、『イエスタディ・ワンス・モア』などが有名ですし、
当時流行のダンスの名前とそのステップを取り入れたものでは、『シェイク・ア・テイル・フェザー』や『ダンス天国』あたりがよく知られています。

ジャズの世界では、伝承歌や童謡のメロディをほんのちょっと引用するということがよくありますね。
それ以外のジャンルでも、他曲を部分的に織り込んむ場合があります。
例えば、瀬戸口藤吉の『軍艦行進曲』には東儀季芳作曲『海行かば』(信時潔の『海行かば』とは別のもの)の旋律が出てきますし、
東海林太郎の『麦と兵隊』には『佐渡おけさ』、
岡晴夫の『港のエトランゼ』には『蛍の光』、
美空ひばりの『哀愁波止場』には『五木の子守唄』、
井沢八郎『あゝ上野駅』と高橋京子の『花のローカル列車』にはW.S.Hays作曲の『故郷の廃家』が、
それぞれ挟み込まれています。

これらはメドレーとは違う、いわば「織り込みソング」とも云うべきものです。著作権切れでない楽曲を織り込む場合は、当然 著作者や版権を管理している音楽出版社の許可が必要となります。盗用・流用・パクリが盛んだった江戸期の戯作文学のようなわけにはいきません。
レゲエ~ラップ~ヒップホップ音楽ではサンプリングという手法が今も健在のようです。サンプリング音楽のオリジナル部分をサンプリングしたら、やっぱり訴えられるんでしょうね。

何を引用するか、人名か、題名か、メロディか、、、それは自由なんですが、There is nothing new under the Sun(日の下に新しきものなし)とはいえ、くれぐれもAt your own riskで(自己責任で)お願いします。
デジタル処理という物理的工程を必要とするサンプリングやリスペクトやオマージュを口実とした実質パクリは、この際 除外するとして、ここではトリビュート・ソングにおけるお名前ソング(人名織り込みソング)と追悼ソングの違いについて少しばかり考えて見たいと思います。

まず、お名前ソングですが、先に挙げましたアーサー・コンレーの『スウィート・ソウル・ミュージック』などはその典型です。
この曲はサム・クックの『イエー・マン』をオーティス・レディングが改作したもので、
クレジットはArthur Lee Conley, Otis Redding, Sam Cookeとなっています。
詞には
 Lou Rawls
 Sam and Dave
 Wilson Pickett
 James Brown
といった人気者たちの名前、そしてオーティス自身の名も登場し、彼らのエキサイティングなソウルミュージックで皆がゴーゴーを踊る、という1966~67年の状況をあたかもリポートしてるかのような内容でした。

YouTube -Arthur Conley -
Sweet Soul Music [Stax Volt - Norway 1967] HQ
 

ノヴェルティ系のダンスチューンで大活躍したおとぼけ顔のルーファス・トーマスも、『(If There Were No Music)Sweet Soul Music』というファンク調の曲を録音していまして(作詞曲のクレジットはF.Cousseart)、
アーサー・コンレーの『スウィート・ソウル・ミュージック』の題名とアイデアを借りて、BBキング、アル・グリーン、オーティス・レディング、ジャニス・ジョプリンらを登場させておりますが、
ルーファス・トーマスは『If There Were No Music』という別の曲も歌っていて、ややこしいことこの上ない。
(そもそもあの半ズボンおじさんは、売れた自作曲にパート2作るのが趣味でしたからネ・・・あ、、『(If There Were No Music)Sweet Soul Music』が『If There Were No Music』の続編、イヤ、解決編ってことか ! ? )
私はもう何だか煩わしくなってしまい、お名前ソングだのルーファス・トーマスだのは考えないようにしまして、ここ数年はすっかり忘れたんですけど、冒頭の『トランジスター・シスター』を聴いてる最中に、どっからか大きな石が池へ飛び込んできたかのように、急にそのことが思い出されちゃいまして・・・。

ルーファス版の録音時にはオーティス・レディング(1967年12月10日歿)もジャニス・ジョプリン(1970年10月4日歿)も死んでましたから、
アーサー・コンレー版はお名前ソング、ルーファス版はお名前+追悼の合わせ技ソング、と云えるんじゃないでしょうかね。

ということで、次はお名前ソングと被(かぶ)る部分の多い、追悼ソングについてです。
追悼ソングは、立て分けとしては 葬送儀礼の一部である宗教音楽(キリスト教ではレクイエム)とは別の、あくまで大衆音楽の範疇のものです。
ただ我々は、ニューオリンズではついに葬儀変じて祝祭となるを見、すでにゴスペルのソウルに“転ぶ”地響きを聴くに至ってます。
ことほどさように近代においては宗教音楽が大衆化し、大衆音楽が新たに宗教的役割を獲得するのはさして珍しくなく (そうした現象を私は“正邪の更新”と呼んでいます)、
信仰心といってもそもそもが多種多様で深浅・厚薄・軽重(けいちょう)がありますし、教義を離れて楽曲としての芸術性を鑑賞するというのも日本人的には「アリ」ですから、堅苦しい定義はとばして、ここでは「個人を偲ぶ歌」とでもしときましょう。要は気持ちの問題ってことで。

一般論として、死んですぐ出すとしたら、当然 追悼の意味合いが強いでしょう。あるいは話題になってるうち売っちまえというレコード会社側の思惑もあるかもしれない。
死後、五年十年たってから出すとしたら、歌をデッチ上げるに当たって、すでにアイコン化している歴史的人物のその名を拝借する、という企(たくら)みであるやもしれません。

実在した人物の名が使われてる楽曲で、明らかにその人の追悼ソングといえるものを二、三、挙げるとすれば、
 アイ・リメンバー・クリフォード/リー・モーガン、ほか
 ジャンゴ/MJQ
 スリー・スターズ/トミー・ディー(ルビー・ライト、エディー・コクランらが競作)
 ジャスト・ライク・エディ/ハインツ
 マリリン・モンローのバラード/シェナンドア・スリー
 アブラハム、マーティン・アンド・ジョン(魂は今も)/ダイオン(=ディオン)(1968年)
その替え歌の
 コール、クック&レディング/ウィルソン・ピケット
なんかは間違いなくそうでしょう。
 エルヴィスが急逝した1977年には世界中で数多くの追悼ソングが発表されたもんです。兵役に就いた時ですら“行かないでソング”が出されたくらいですから当然ですかね。
では、これはどうでしょう?
 ホー・チ・ミンのバラード/高石ともや (作詞・作曲:イワン・マッコール、訳:高石友也。1969年10月発売)
指導者を崇拝し英雄視する傾向は右翼・左翼・宗教問わず全体主義体制を目指す運動にありがちでして、残念ながらこの歌も例外ではありません。しかしバラード、英雄叙事詩としては傑作の部類でしょうね。
実況録音(1969年9月6日大阪フェスティバルホール)のこのレコードが発売される少し前にホー・チ・ミンは亡くなりましたが(1969年9月2日歿)、曲が出来上がった時はまだ生きてたはずです。歌詞にも追悼の言葉はありませんし。
ということは追悼ソングでないものが、たまたまタイミングの問題で実質 追悼盤になってしまったケースですねこれは。
追悼ソング、日本の楽曲では
 ソー・ロング・サチオ/ザ・スパイダース
かまやつひろしが作詞・作曲・編曲し、多重録音でボーカル、全楽器演奏をこなしたという点でもJ-POP史上に特筆されるべき作品です。
 フランシーヌの場合/新谷のり子
は、追悼歌であり反戦歌であり、ブロードサイド・バラッズ、ニュース歌謡の要素もあります。
 ジェームス・ディーンにはなれなかったけれど/岡林信康 (1994年4月)
ジェームス・ディーンを引き合いに出してはいますが、自分よりも後に生まれ先に逝った若者のカリスマ 尾崎豊(1992年4月25日歿)に対する、これは鎮魂歌でありました。
 セピアカラー/一世風靡セピア
アーネスト・ヘミングウェイ、ジェームス・ディーン、ジョン・レノンの3人それぞれの事績と歿年を詞に組み込んでいるこの歌は、鎮魂曲を装ってはいますが、実体はダンディズムへの熱い憧憬(しょうけい)の吐露ではないでしょうか。
ただそうした憧れはあんまりマジメに語っちゃうと『ボギー!俺も男だ』の主人公みたいに、こっけいなアナクロニズムと思われかねませんからせいぜいご注意を・・・ですから自戒をこめて!
 サヨナラHERO/コブクロ
歌詞には「RC」とだけありますが、先日亡くなった忌野清志郎の追悼歌です。
名を入れるかどうかは絶対条件ではないという好例でしょう。

LP「THE JAMES DEAN STORY」

(上)1956年、米コーラルから発売されたジェームス・ディーン(1955年9月30日歿)を追悼するLP『THE JAMES DEAN STORY』。
エデンの東、ジャイアンツ、理由なき反抗のテーマ音楽や、
 JIMMY, JIMMY / Jimmy Wakely and His Orchestra
 HIS NAME WAS DEAN / Jimmy Wakely and George Cates Orch. and Chorus
 WE’LL NEVER FORGET YOU / Narration by Gigi Perreau
 JAMES DEAN / Jimmy Wakely and George Cates Orch. and Chorus
 THE BALLAD OF JAMES DEAN / Dick Jacobs and His Chorus
といったオリジナルのインスト曲を、
STEVE ALLENとGIGI PERREAUのナレーションでつないでいくという形式になってます。
1957年の同名の映画とは関係ありません。
ジャケットに一切日本語がないので輸入盤かと思いきや、よく見ると裏面下にNippon Grammophon Co., Ltd.の文字が。すなわち日本グラモフォンですが、グラモフォンの最後の「e」が抜けちゃってます。脱字ってやつですかね。

LP「DION」DION

(上)ディオン久々のヒット『アブラハム、マーティン・アンド・ジョン』を含むローリーレコード・リリースのオリジナルアルバム。
ディオンはモダンフォークでもサイケデリックロックでも、ポップ路線を踏み外さない人でした。

この曲は1971年、ロスのラジオDJトム・クレイによって、『愛を求めて(世界は愛を求めている)』や、報道の音声、演説、ドキュメント音とサウンドコラージュされ、すでに泥沼化していたベトナム戦争の、その行方に、大衆の目を向けさせたのでした。

YouTube -Tom Clay..
What The World Needs Now (Abraham,Martin and John)
 

この曲はいろんな人が歌っております。フォーク、カントリー、ソウル、、、
アジア人ではテレサ・テンが英語で歌ってるようですね。
ブルース/R&B/ソウル方面では、抑制の効いたマービン・ゲイ、大爆発のパティ・ラベル、あの世で初代春日井梅鴬と美声でタイマン勝負中であろうモムス・マブレーのテイクが一聴値千金です。

 
YouTube – Marvin Gaye – Abraham , Martin, John
 
YouTube – Patti LaBelle – Abraham , Martin and John
 

シングル「オーティスに捧げる歌」ウィリアム・ベル
(右)ウィリアム・ベルの『オーティスに捧げる歌』(1972年12月)。
アトランティックから出たというところがミソです。

実在した人物の名が使われてる歌には、追悼ソングでないものも当然あります。
曲の数、あるいは商品としてのタイトル数においてどちらが多いかは、私にはワカリマセン。
追悼ソングとそうでないものの中間に位置する“境界例”ともいうべき楽曲では、
 拝啓、JOHN LENNON/真心ブラザーズ (サンボマスターがカバーしている)
のように、優れた作品も存在します。
その歌詞を見ると、

それこそ愛憎半ば、賛否両論、かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう的な、相対化と理解の深化による、カルト・フィギュア超克の心裡が告白されていて、もはや追悼ソングやトリビュート・ソングの枠には収まりきらない歌であることが解かります。

マイケル・ジャクソン死去

カテゴリー: broadside ballad — eiji @ 15:09:14

 死去が報じられた米人気歌手のマイケル・ジャクソンさん(50)の兄であるジャーメイン氏が25日、病院で記者会見をし、マイケルさんが現地時間の午後2時26分に死亡したと明かした。
(中略)
 マイケルは、自宅で心拍停止になった。しかし、検視結果が判明するまで死因は分からない。救急車でロス市内のロナル・レーガン医療センターに運ばれる間、医師が心肺蘇生を試みた。午後1時14分ごろに病院に到着し、医療チームが1時間以上にわたって治療を試みたが、心肺は蘇生しなかった。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090626-00000529-san-int

私にとってはジャクソン・ファイブ時代のサウンドがすべてであり、1972年の映画『ベン』のテーマでファンとしては完結しました。
マイケルは私と同い年、約1カ月マイケルのほうが先に生れています。来月には私のほうが年寄りになるんですねぇ・・・

 

追加記事

先月25日に急逝したマイケル・ジャクソンには3人の子どもがいる。12歳のプリンス・マイケル、11歳の女の子パリス、そして7歳になるプリンス・マイケル2世だ。この3人を「ジャクソン3」として売り出す算段が水面下で進められていると英Sun紙が報じている。舵取りはマイケルの父であり、「ジャクソン5」のマネージャーを務めていたジョー・ジャクソン。
関係者によると、「ジョーは来年、3人の子どもたちによる”ジャクソン3″でワールドツアーを行う計画を立てています。2人に対しては既にレコーディング契約のオファーをしたようです」とのこと。
(中略)
ジャクソン・ファミリーの1人は「父はマイケルにそうしたように、3人の子からまた搾取する気だ」と語気を荒げているという。

http://journal.mycom.co.jp/news/2009/07/14/024/?rt=na

これは哀しい話です。
ジョー・ジャクソン氏は子供たちに離反された後、音楽プロデューサーとしてはこれといって成果はなく、夢よもう一度、ということなのでしょう。
子供や孫で稼ごうとは、なんとも浅ましい限りです。
(2009年7月14日)

 

2009/6/25 木曜日

細うで繁盛記

カテゴリー: broadside ballad — eiji @ 3:51:08

1970年初めに日本テレビ系列で放送されたドラマ「細うで繁盛記」のモデルとなった伊豆・熱川の温泉旅館「大東館」が経営破たんした。負債総額は約45億円。景気低迷の影響で宿泊客が減少、借入金負担も重く、資金繰りに行き詰まった。
帝国データバンクによると、大東館は2009年6月17日に東京地方裁判所に民事再生法の適用を申請し、同日付で受理された。すでに「大東館」のスポンサーには、湯ヶ島温泉の眠雲亭落合(旧落合楼)などを運営するパシフィックアイランディアンリゾートが選定されている。
大東館は1940年の開業。68年には別館の「熱川ロイヤルホテル」がオープン。新珠三千代さん主演のTVドラマ「細うで繁盛記」のモデルとなり、その知名度の上昇とともに84年には約14億3400万円の年商を上げた。

http://www.j-cast.com/2009/06/22043745.html

花登筺ドラマ、特に主人公が女性のドラマは、ファンもほとんどが女性だったんじゃないでしょうかね。
清廉な主人公、幸福境涯から一転逆境へ、我慢、努力、いびり役、和解、本当の悪役、白馬の騎士役・・・
巧みに作られてますがその骨法は少女小説のオトナ版だったような気がします。

私は『細うで繁盛記』『おからの華』は何回か見たかもしれないけど、ほとんど記憶にありません。
『番頭はんと丁稚どん』『どてらい男(やつ)』『あかんたれ』はまったく見ていない。
上下関係が厳しく、封建的で保守的な、老舗や大店の従業員の世界。軍隊の世界に通じるものがあります。
古株=古参兵は限りなく尊大に、新入り=二等兵はどこまでも卑小。花登はそういう世界の嫌らしさを、あたかも復讐でもするかのように、これでもかと書き込むのですが、
あたしゃそういうドラマも、登場人物も、まったく好きになれなかった。
そもそも感情移入できないっていいますかね、、、

私がよく見てた国産ドラマは、
『素浪人月影兵庫』『太閤記』『青春とはなんだ』『ご先祖様バンザイ』『おはなはん』『これが青春だ』『泣いてたまるか』『お嫁さん』『コメットさん』『源義経』『竜馬がゆく』『青空に叫ぼう』『あしたこそ』『肝っ玉かあさん』『オレと彼女』『キイハンター』『天と地と』『プレイガール』『わが歌声の高ければ』『時間ですよ』『おくさまは18歳』『おさな妻』『だいこんの花』『おれは男だ!』『つくし誰の子』『男は度胸』『気になる嫁さん』『花は花よめ』『天下御免』『天下堂々』『パパと呼ばないで』『雑居時代』『水もれ甲介』『てんつくてん』『前略おふくろ様』・・・

『前略おふくろ様』なんかは花登筺ドラマに多少近いものがあるかもしれません。
小松政夫が先輩風を吹かすいびり役でしたっけね。
あゝ、フランキー堺が主演の連続ドラマで、テーマ曲が♪ラーメンタンメンチャーシューメン、とかいうのがあって、それも好きでした。
タイトルが記憶になくて、さっき調べたら『王さん東遊記』というらしい。
しかも田波靖男原作ながら脚本は花登筺!
ということは私の好きな花登筺ドラマはこれってことになりますか。

ある女性が結婚前の昭和20年代に、世に出る前の花登筺と短歌サークルで同人同士だったと言っておりました。
そのとき求婚されたが断わったと。
まぁ一緒になっても、いずれ離婚してたでしょうね。
ただそういうことになってたら、あたしゃこの世に存在していない可能性が高い。
その女性とは私の母なんですがね。
いやホントの話。

 
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