
(左)『二十一世紀音頭』 作詩:山上路夫、作曲:いずみ・たく、編曲:大柿隆、歌:佐良直美、振付:ビクター民踊研究会、推薦:東京都民踊連盟。
発売:1970年(?)、ビクター。
私は1968(昭和43)年くらいの発売というイメージがありましたが、「これから三十一年たてば」21世紀だとする歌詞のとおりだとすれば、1970年ということになります。でも詞とメロディとサウンドは1968年、晩(おそ)くとも69年じゃないでしょうかね。
「シャーララ、シャーララ」という囃し言葉というかコーラス、エンヤトットのリズム・・・70年だとすると感覚的には少し古いというか、ズレてる気がするんです。
『二十一世紀音頭』が歌っているのは21世紀の世界ではありません。東京オリンピックのころから続いていた気分の高揚、――五輪直後の揺り戻し的不況がありましたから経済指標では1965年秋以降ということになりますが――、要するに未来がどうこうではなく、どうしても未来がバラ色に思えてしまう、その「今」の幸せな気持ちそのものじゃないですかね。
B面でいえば「昭和元禄 小判がザクザク」という、圧倒的右肩上がりの、向かうところ敵無しの気分。もう心配とかぜーんぜんない、反省もしない、そういう多幸症的境地。
A・B面ともに、そんな時代の空気を歌として巧く活写し、表現しているところにこのレコードの真価があるのだと思います。
佐良直美 – 二十一世紀音頭
B面の
『昭和元禄ばやし』
作詞:井田誠一、作曲:鈴木庸一、編曲:寺岡真三
歌:鈴木正夫、小杉真貴子、ビクター少年民謡会
振付:ビクター民踊研究会、推薦:全日本民踊指導者連絡協議会
も、「ミニミニ」「レッツゴーダンス」などとイザナギ景気の浮かれ具合をそのまま反映していますし、福田赳夫が1964(昭和39)年あたりから使い出し、1968年ついに流行語となった「昭和元禄」の語をタイトルにまで使ってます。(ちなみに鈴木庸一・寺岡真三は『東京ドドンパ娘』のコンビ。井田誠一はカバーポップスの訳詞でも活躍した人ですね)
もしこの『昭和元禄ばやし』が1970年の曲であるとするなら、タイトルの「昭和元禄」は、同年7月、秦野章前警視総監が自民党の都議選候補選びを評して「まるで昭和元禄の田舎芝居だ」と言い、それを聞いた国民が「昭和元禄だなんてもう古いでしょう」と感じた、その「昭和元禄」ということになり、それは死語ではないけれども、1968年時点の肯定的ニュアンスからすでに変化して、否定的ニュアンスが勝ってしまっているわけで、それなのにあーそれなのに歌では68年的に手放しで浮かれてる・・・だから私にはどうも腑に落ちないんです。
そういうこともあって明確な根拠はないんですが、レコード自体が70年1月1日以降であっても、私はオケの完成あるいは佐良直美のボーカル・トラック吹き込みと、発売までの間に、何らかの事情で特別長いタイムラグがあったんじゃないかという気がしてるんです。ま、妄想かもしれませんがネ。
1968年はちょうど「明治百年(正確には丸100年が過ぎ101年目に入った年)」に当たりまして
(cf. 62年村田英雄『明治は遠くなりにけり』、三橋美智也『日本人』、64年三波春夫『百年桜』、65年舟木一夫『東京百年』、村田英雄『明治劇場』、67年十和田みどり『祝い酒』、東宝映画『駅前百年』、68年三波春夫『百年音頭』『明治百年の歌』、 ロイヤル・ナイツ『これから100年』、大木伸夫『百年太鼓』、神楽坂はん子『明治百年音頭』、友竹正則、サ・シャデラックス、東京ボーカル・グループ、ロイヤル・ナイツ競作『のぞみあらたに~明治百年頌歌』、ザ・スパイダースLP『明治百年、すぱいだーす七年』)、
第二次大戦の敗北を“無化”し、退潮した民族主義・国粋的矜恃を復活させたい保守陣営と、戦後の大きな節目を反米的反戦で盛り上げたい革新陣営が、それぞれ活発に活動した年でもありました。しかし一般国民、とりわけ若者たちはゴーゴー・ミニスカート・GS・フーテン・アングラ・ハレンチ・サイケ等々、太平の世を存分に楽しんでいた。それを煽っていたのは主にテレビでした。翌年、テレビは少し悪ノリします。
1964年から続いていた浮かれ気分は、69年前半――年明け早々の安田砦攻防戦から真夏のアポロ11号月面着陸まで――にピークを迎えます。この年後半からは急激に覚(さ)めていって、70年の千里万博という大団円を迎え、完全に燃え尽きて終ります。
つまり69年はテレビが発した言葉でいえば「Oh!モーレツ」であり「アウトセーフヨヨイノヨイ!勝ちマしタァ~ッ」だったんですね。それはもう一種の開き直り、破れかぶれ、狂騒の域であって、『二十一世紀音頭/昭和元禄ばやし』の牧歌的な幸福感・ほのぼのとした嬉しさなんか超えちゃってるものでした。ですから70年ではなく69年後半の発売だとしても、もうすでに少しズレてるといっていいんです。
1969年の気分、世の中のムードについて、一つ傍証を挙げておきましょう。
この年キングから発売された若原一郎のシングル『飛んでけ飛んでけ』のB面『昭和元禄浮かれ節』。
やはり歌詞に「大判小判」が「ざっくざく」「ミニミニ」「ゴーゴーゴー」とあり、「アングラサイケ」「ギャンブル」「新幹線」「美容体操」「旅行」等々、扱う世相・風俗・流行・ブームは『昭和元禄ばやし』以上に詳細です。
じゃ同類の歌か、というとそうでない。
「どこかくるっていませんか」「いやはやまったくいいもんだ」などと、けっこう冷たい視線も送っている。歌ってる立場の者がけっして手放しで浮かれてはいない。つまり決定的違いとして批判精神がそこにある。
これは快感に満ち充ちたドーパミン出まくりの、いかにも1968年的な『二十一世紀音頭/昭和元禄ばやし』と、後に出てくる1971年の『GNP小唄』のちょうど中間に位置するスタンスであり、
繁栄の気分が頂点をほんのわずか過ぎて、ジェットコースターの鼻先がまもなく下を向こうという1969年の特質が、歌詞において過不足なく表現されている点では、まさしくメルクマール(里程標)的作品となっている。
ただメロディ・編曲はつまらないし、歌ってるのがマジメで実直・温厚な若原一郎ですから、毒が毒にならず、結果として失敗作となってしまった残念な楽曲ではありました。(1969年10月ビクター発売の曽根史郎『昭和元禄ナンセンス小唄』も同様です。この立ち位置で成功している歌謡曲の代表選手は1979年の植木等『これで日本も安心だ!』でしょう)
A面の“飛んでけ”は、月ロケットとは関係がなく、津軽の田舎から町へお嫁に行った娘に想いを馳せる昭和30年代的内容。これも企画段階でどうにかならなかったのかと思います。
さて、敗戦で国土も人心もボロボロ、産業資本も社会資本も灰燼と化し烏有に帰した日本でしたが、朝鮮戦争特需で戦後復興の端緒を掴み、「独立後」も戦勝国アメリカの欲(ほしが)るままに基地を提供して、アメリカの核の傘に守られることで国力を経済に一点集中させ、奇跡ともいうべき未曾有の発展を遂げることができました。
その高度経済成長時代・所得倍増時代の高揚感はしかし、それ自身がもたらした歪みと翳りによって、冷や水を浴びせられ、急速に凋(しぼ)んでいかざるをえなかった。それがハッキリしたのが60年代の掉尾(ちょうび)を飾った1970年のことです。
その時期の雰囲気をよく伝えている歌をいくつかご紹介しておきましょう。
『公害ブルース』
作詞:広瀬一郎、関口重夫、作・編曲:安藤まこと、歌:アプリコット
発売:1970年12月、テイチク(ユニオン)
1970年は公害の酷さがマスコミ報道でようやく国民に認知されるようになった年でした。この歌はそうした状況をわりとさらりと扱ってます。さらりというのはアングラフォークの連中に較べたら、という意味です。
B面は『歩行者天国』。歩行者天国は東京では1970年8月2日に始まりました。この歌は何が言いたいのかよく分らない歌でした。
『GNP小唄』
作詞:入江徳郎、作・編曲:小谷 充、歌:早川クリ
発売:1971年6月 ワーナーブラザーズ・パイオニア
作詞してるのは当時TBS『JNNニュースコープ』のキャスターとして活躍していた入江徳郎(1989年歿)です。歌詞カードの解説にあるとおり「混乱の世相を痛烈に諷刺する異色作」で、働きすぎの会社人間、通勤地獄、思ったより良くならない暮らし、公害等々を皮肉っている内容。灰色の現実にうんざりしてる感じがよく伝わってきます。
日本のGNP(国民総生産)は「西側諸国で第2位」と経済企画庁が発表したのは1969年6月10日のこと。それなのに一人当たりの所得は世界20位に留まり、実際の暮らしもいっぱいいっぱいで、モーレツ社員たちが「どうもこれは面妖(おか)しいぞ」と気づき始めたのが、ちょうどこのレコードの出た1971年のころでした。
『二十一世紀音頭』が1970年に作詞され、レコーディングされ、発売されたとしたら、この歌まで短くて6カ月、長くても1年半の時間差しかないということになる。似たようなコンセプトなのに歌われてる世相は正反対。ヘンでしょう?
(1971年4月、キングがシングル『まんまる音頭/昭和げんろく音頭』歌:大塚文雄、早坂光江、原田直之、山崎悦子をリリースしてるようですが、私は未聴で、内容を確認しておりません)
『GNP小唄』からさらに1年が経過すると、店頭に物があふれ漸次豊かにはなっていましたが、喪失感や閉塞感、むなしさや心の渇きが社会を覆い、その混迷の度合いはさらに深まっていきます。その72年の歌。
『’72年明けて数ヶ月』
作詞:三方砂知、作曲:聖川 湧、編曲:北野ひろし
歌:ほりいけすえひろ
発売:1972年、キングレコード
歌ってるのは「すえひろ」という目出度い名前の人ですが、それとは裏腹に、歌の主人公がビルから投身自殺したいがその勇気もない、などと考える暗い歌です。その主人公が長髪をばっさり切るのは『いちご白書をもう一度』に似ているけれど、理由は就職のためではなく失恋の痛手。若者らしくないというか前向きじゃないですね。内向してるというか屈折してるというか。
四畳半フォークのようなタッチならば多少は注目されたかもしれない作品でした。
1973年3月、アメリカ軍が撤兵を完了し、ベトナム戦争の帰趨が決しました。この事実上の敗北を受け、アメリカ社会にようやく、沈潜し内省をする、静かで落ち着いたムードが訪れたのでした。
主戦・反戦の論議で分断された社会、その深い傷が多少なりとも癒され、融和と再統合の機運へ向うのはサイゴン陥落の翌年、1976年のアメリカ建国200年祭まで待たねばなりませんでした。
そうしたアメリカ社会のクールダウンが日本人の心象風景にも若干の影響を与えていたことは確かです。ただ質はだいぶ違ってました。
左翼勢力は革命幻想が完全に崩壊し茫然自失となり、ノンポリの一般人はドルショック・石油ショックを機に滅私奉公のモーレツ社員からミーイズムのマイホームパパへ転向して脱サラ・脱都会を夢みるようになり、現役引退した老人たちは恍惚に浸り、主婦は狂乱物価・便乗値上げに青くなり、子供たちは塾に行ってもスプーン曲げの話題で持ちきりという、
理想・目標の喪失、家庭・共同体の解体、個人の内面の肥大化、危機感と欲望の増幅、、、そういうことが1973~76年の平和ニッポンでも起こっていたわけでして、それやこれやの世相がやはり流行歌には色濃く反映されてるわけです。
しかし、ま、73年以降は私にとっては後日譚の世界でありまして、それから現在までの時間を私は「生きた」という気がしておりません。
あ、そうそう、『GNP小唄』について付言しておきますが、この歌にも振り付けが付いてるんですよ。歌詞カードに連続写真が載ってます。
振り付けといえば、、、あれは北区王子の陸自十条駐屯地の広場でしたか、
1991年当時、町内会の盆踊りで『二十一世紀音頭』を踊ってるのを見て、驚いたことがありました。それまで『二十一世紀音頭』が盆踊りで人気だとはちーとも知らなんだ。
一部地域の盆踊りで荻野目洋子の『ダンシングヒーロー』が定番曲として踊られてるのと同じくらい衝撃的でした。
それは佐良直美盤でしたが、その時点で私は葵ひろ子盤の『二十一世紀音頭』も知っていたので、なんでそっちじゃないんだろうと思ったものです。
『二十一世紀音頭』
作詩:山上路夫、作曲:いずみ・たく、編曲:前田俊明
歌:葵ひろ子
発売:1987年、ビクター音産
A面は『音頭で盆踊り』
作詩:吉川静夫、作曲:小沢直与志、編曲:前田俊明
、歌:鈴木正夫、三浦隆子、ビクター少年民謡会
葵ひろ子 – 二十一世紀音頭
振り付け自体は佐良盤と同じですが、解説が絵から写真に替わってます。
山上路夫自身による補作詞がなされており、「これから三十一年たてば」の部分は「これからもうあと何年たてば」と年次的汎用性を確保しています。
尺は詞が付加されたため、2分59秒から3分49秒に伸び、踊りやすくはなってます。
しかしまぁ『二十一世紀音頭』は経済的繁栄を諷詠謳歌しそれなりに享受したあの時代の産物であって、もしも盆踊りで使うとするならば、一時(いっとき)幸せな夢を見た当時の庶民への鎮魂、あのころなお不幸だった者たちへの慰霊でなくてはあまり意味がないでしょうね。
2001年のミレニアム・ブームや、その前後にもいろんな歌が作られました。
20世紀ロマンス/杏子
20世紀のミスキャスト/マルコシアス・バンプ
20世紀の狂詩曲/聖飢魔II
20世紀のマスタード/VINYL
Song For U.S.A (20世紀に気をつけて)/LAUGHIN’NOSE
20世紀のさよなら/アミイモカ
さよなら20世紀/マスラヲコミッショナー
世紀末/SMAP
世紀末万歳!/影山ヒロノブ
私の世紀末カルテ/サザンオールスターズ
わずかな世紀末/oo-parts
世紀末バンビーナ/CASCADE
Crisis Game ~世紀末の危険な遊戯/THE ALFEE
二十世紀が終わっても/秋山久美
20世紀の終りに/ヒカシュー
世紀を越えて~Keep on Shining~/真咲よう子
来たれ21世紀/忌野清志郎
二十一世紀音頭/植木 等
二十一世紀旗手/nobodyknows+
21世紀の恋人/谷村有美
21世紀のラヴァーズ/21st Century Stars
21世紀のシンデレラ/尾崎亜美
21世紀のジュリエット/FURIL
21世紀/モーニング娘。
21世紀/CHAGE & ASKA
21世紀/桃井はるこ
21世紀パラダイム/氣志團
21世紀音頭/THE HIGH-LOWS
21世紀のフランケンシュタイン/THE HIGH-LOWS
Soul Bomber(21世紀の精神爆破魔)/サザンオールスターズ
This is pop station ~21世紀の反乱~/フリーウェイハイハイ
21世紀型行進曲//雅-MIYAVI-
21st Century 東京 Blues/雅-MIYAVI-
21世紀少年少女/サンボマスター
21世紀少年/MASH
ALL MY LOVE~22世紀~/後藤真希
20 Century Boy/Placebo
21st Century(Digital Boy)/Bad Religion
21st Century Boy/Sigue Sigue Sputnik
まだたくさんあるでしょう。
雨降る20世紀/新谷のり子
は、1969年10月のリリースで、戦争の象徴としてエルサレム、モスクワ、ワシントン、東京に降る哀しい雨を歌った作品でした。
特定の年をタイトルにした曲では、チャイコフスキーの『1812年』、日本では昭和15年の『紀元二千六百年』が有名です。ほか
紀元弐阡年/ザ・フォーク・クルセダーズ
1906/West Coast Pop Art Experimental Band
1999/Nirvana ※イギリスのサイケデリックポップグループ。
1999/Freedom’s Children ※南アフリカのロックグループ。
1921年/ザ・フー ロックオペラ『トミー』より
1973年の想い出/なぎらけんいち
1973年12月1日によせて/トワ・エ・モア・ファミリー
1990年/吉屋潤
西暦1986/早見優
1986年の背泳/爆風スランプ ※A面「まっくろけ」
夏の日の1993/class
我的1997/艾敬(Ai jing)
1919/坂本龍一
とか、ありますね。
個人的には当時なぜか気に入っていた(今から考えるとどこが良いのか分らない)1969年のヒット曲
西暦2525年/ゼーガーとエバンズ
何年にはどうなる、また何年にはこうなるという、If(もしも)のSF的フォークロックでした。


さて、21世紀に入ってから、すでにもう、ずいぶんと経ってしまいました。
世の中良くなりましたか?
世界は平和になりましたか?
あなた、どう思います?
あたしゃ世界も日本も悪くなってると思う。特にこの十年はヒドい。人間社会の劣化だけでなく自然界の破壊も進んでいるようです。世界は人間のためだけにあるんじゃないんですよ。世界はネ、世界は、、、


そう、世界は、二人のためにあるんデス!(きっぱり)
佐良直美のヒット曲『世界は二人のために』(作詞:山上路夫、作・編曲:いずみ・たく 写真上左)は第18回コロムビア全国歌謡コンクールの課題曲でした。ビクターが佐良直美盤をリリースしたのは1967年5月。
翌6月には日本コロムビアから4人組のフォークグループ ザ・シャデラックスの歌う『世界は二人のために』(写真上右)が出て競作となりましたが、皆さんよくご存知のとおり佐良直美盤の圧倒的勝利となりました。
当時この歌は子供まで覚えて歌ってました。
横丁で歌ってると、井戸端会議をしていた武智豊子みたいな顔のオバサンが振り向きざま「コラッ、また大人の歌うたって!(子供たち、ワーイワーイと言って逃げていく) まったく近ごろのガキはませてんだからやんなっちゃうよねぇ~」とか眉をひそめるという、そういう雰囲気でした。子供が覚えるようになると大ヒットですね。
2009年5月16日(土)の朝、たまたまテレビをつけたら、なんと佐良直美が映っていてビックリ。すぐさま録画ボタンを押しました。
それはテレビ朝日『朝だ!生です旅サラダ』の『ゲストの旅』というコーナーらしく、草笛光子が那須で犬の訓練スクールを経営している友人の佐良を訪ねるという流れなのです。
佐良直美さん(アニマルファンスィアーズクラブ主宰)
というスーパーが入り、すっかり一般人扱い。ちょっと寂しい気がしました。
でもお元気そうでなによりです。
ちなみに佐良直美の歌で私の好きなものは作詞:永六輔、作・編曲:いずみ・たくの和製ボサノバ『私の好きなもの』です。ホントーです。
- YouTube – 世界は二人のために/佐良直美
- YouTube – 佐良直美 いいじゃないの幸せならば 1982
- YouTube – ギターのような女の子 / 佐良直美 (Music Only)
- YouTube – 私の好きなもの by 佐良直美
- YouTube – 佐良直美 初恋の木
- れもん 佐良直美 非公式Webpage
- 佐良直美 – あのひと検索 SPYSEE [スパイシー]
- アニマルファンスィアーズクラブ
- (アニマルファンスィアーズクラブ旧サイトの一部)
(2009年5月21日)
(2010年11月9日追記)
追加記事
「二十一世紀音頭」とほぼ同じ時期に作られたと思われる、いずみ・たくの「音頭」。
佐良直美 – 太陽おどり 新八王子音頭
作詞:井田誠一、作編曲:いずみ・たく。
太陽おどり – 新八王子音頭
Dance for ancestors (bon odori) at the Hachioji Summer Festival
佐良直美さん! ご覧になりましたか? 貴女の歌で今も大勢の人が踊ってますよ。
(2010年1月3日)
追加記事
楽曲 Bahama Mama を「バハマ音頭」と称して、日本の夏の盆踊りの中で利用している地域がある。[1]発祥は不明だが、千葉県柏市・東京都中央区・長野県などのそれぞれ限られた地域で確認されている、地域住民にとっては盆踊り恒例の曲として1980年代後半から親しまれている。
<ボニーM – Wikipedia>
ディスコティック・盆踊り
(2010年2月11日)
追加記事
佐良直美が27年ぶり歌手復帰
歌手佐良直美(65)が、27年ぶりに新曲「いのちの木陰」(11月24日発売)を発表し、芸能界復帰することが23日、分かった。69年に「いいじゃないの幸せならば」で第11回日本レコード大賞を受賞し、NHK紅白歌合戦の紅組司会を5回も務めるなど国民的歌手、女優として一世を風靡(ふうび)。だが、スキャンダルから80年代後半に芸能界から姿を消し、実業家に転身していた。佐良は「歌の世界にささやかなご恩返しができれば」と話している。http://www.nikkansports.com/entertainment/news/f-et-tp0-20100924-682311.html
またあの素晴らしい歌声を聞かせてください。
(2010年9月24日)
追加記事
相原ひろ子 – 新・二十一世紀音頭
千代田区末広町の盆踊り大会 新二十一世紀音頭
21世紀になってからリリースされた2回目の歌詞変更バージョン。
世紀をまたいで歌い継がれる名曲となりましたね。
(2010年11月9日)
追加記事
歌手の佐良直美さん(66)が37年ぶりにドラマの主題歌を歌う。かつては「紅白」の常連だったが、1980年代後半から芸能活動から退いていた。
水谷豊さんが主演するドラマ「居酒屋もへじ」(TBS系 2011年9月25日放送)で、2010年11月に発売された佐良さんの27年ぶりの作品「いのちの木陰」が主題歌として使われる。レコーディングに立ち会った同ドラマのプロデューサー、石井ふく子さんは同曲について「声が温かくて、気持ちの中にすうっと入ってきました」とコメントし、「心のふれあいを描く『居酒屋もへじ』にぴったり」と即決したということだ。http://www.j-cast.com/2011/09/15107450.html
佐良直美さんが出るんなら紅白を見てもいいかなと思う。
(2011年9月16日)