(左)『東京キカンボ娘』 作詞・作曲:菊村紀彦、歌:木の実ナナ。発売:1962年8月、キングレコード。
週刊文春連載の『阿川佐和子のこの人に会いたい』は、阿川と著名人の対談企画なのですが、6月26日号(連載第734回)のゲストは女優 木の実ナナでした(写真下)。
その中で、めったにないデビュー曲についての発言がありましたので、以下に謹んで一部引用させていただきます。
木の実 まあそんな感じ。でも、風紀委員だったし、不良からも一目置かれてたし、担任の先生にも校長先生にも信用されてました。それで、オーディションを受ける友だちのことを先生に相談したら、「お前がついていくんだったら許す」って(笑)。
阿川 そうしたら自分が受かっちゃったの?
木の実 そう。楽屋で変なおじさんに「あなたもちょっと歌ってごらん」って言われて、コニー・フランシスの『カラーに口紅』を歌ったら、私だけ受かって友達は入らなかった。変なおじさん、実は渡辺プロの制作部長でした(笑)。そのあとすぐ「木の実ナナ」という芸名と、『東京キカンポ娘』っていうデビュー曲争奪のオーディションに合格して「木の実ナナ」になった、というわけ。それに、日本テレビの『ホイホイ・ミュージック・スクール』の司会もすぐ決まったんですよ。
阿川 おー、トントン拍子。
木の実 でもデピュー曲、こんなんですよ。(低い声で)♪しっろいスポオツカーで、ハンサムポーイ、キッカンポキッカンポキッカンポッ! って(笑)。
阿川 アッハッハッハッハ。そんなドスのきいた声で歌ったんですか?
木の実 笑い事じゃないですよ。十六歳の女の子にこんなデビュー曲ないでしょう。それも、なぜか手錠持って歌うんです。
阿川 なんだそれ~(笑)。
木の実 でも吉行淳之介先生がそれを見て、「おかしなのが出てきたから一発でファンになったよ」って好いてくださった。何回か対談させていただいて、一緒にお食事したり飲んだりして、惚れちゃって惚れちゃって。エヘヘ。
阿川 吉行さん、惚れるわよねえ~。私、父の友達じゃなかったらちょっとおつき合いしてみたかったわあ。
木の実 アハハハ。とにかく、そのデピュー曲も含めて、まったくヒット曲が出なかった。でも、番組があったから、そこで世界中の歌を歌って踊ってたのね。その時ジャニー(喜多川)さんに「ナナが男だったらなあ、ジャニーズは五人になってた」って言われた。
<週刊文春2008年6月26日号『阿川佐和子のこの人に会いたい 第734回 女優 木の実ナナ』 141~142ページより引用>

手錠を持って歌った、というのは初めて知りました。
手錠~警察という連想だけでなく、趣向を凝らした、練りに練った企画だったという点でも、のちのピンク・レディー『ペッパー警部』の、あの歴史的プロジェクトを彷彿とさせるものがあります。ただ、ご本人も認めてるようにこちらはヒットはしませんでした。
原因はおそらく、ニューリズム「キカンボ」のノリの悪さでしょう。文章ではちょっと言い表しにくいのですが、河内音頭の太鼓のリズムのような感じです。しかもかなりひょうきんな雰囲気。野心作というか実験作というかコミックソングというか、少なくとも「諾かん坊」の扱いにくいムードはよく伝わってまいります。
そして、シングル盤のジャケット(歌詞カード)に、ステップを示す足型も振付の挿絵も載っていないことから、このニューリズムがイコール「ニューダンス」、ではなかったのだろうと察せられるのです。
作者の意図は那辺にあったのか――ジャケット表4に作者本人の講釈が載っておりますので、こちらはこれまでアクセス不能だった歴史的資料として、あえてここに無断転載させていただきます。
キカンボ・リズムの誕生
菊 村 紀 彦
キューバは、砂糖でなく、新しいリズムをニッポンに輸入しました。マンボと呼ばれるそのリズムには、革命的な響きがありました。それまで、メロディーが、ボブ・ホープの鼻のようにそりかえっていたニッポンに、リズムのここちよさと、おどる楽しみを教えてくれたのです。このあと、チャチャチャ・ロカンボ・ロックンロール、その後ロカビリー・ドドンパ・スクスク・ツイストなどが、いろんな国からつぎつぎに上陸してきました。
でも、ニッポンにだって立派なリズムがあります。わたしは子供の頃、八木節を聞いて、あのはちきれそうなリズムに昂奮しました。また、カッポレを聞き、あのコミックなリズムが、わたしのメランコリーを吹きとばしてくれました。
まだあります。ニッポン中どこへ行っても聞くことが出来ますのは祭り太鼓です。重厚なのは皮の部分、軽快なのはヘリを叩く音です。これこそニッポンのリズムではないでしょうか。
そこで、八木節の明るき、カッポレのコミック、祭り太鼓の強いビートをミックスじて創りましたのがキカンボです。MAMBO・ROCAMBOというように、終りのほうがMBOになる場合が多いので、シャレて、QUICAMBO(キカンボ)としました。
タイトルの意味は、反抗期にある少年少女のキカンボゥ族のキカンボです。でも、いまのティーン・エイジャーの歌は、あちら製が多く、ヒットパレードのなかには、ボーイハントしたり、キスしたり、イカしたり、イカされたりする内容が歌われておりますので、わたしはレジスタンスをして、ボーイハントどころか、男性なんか、ゴキブリほどの関心も持たない女性、また、女性のバストやヒップを見るくらいなら小便小僧のほうがはるかに芸術だという男性を画きたかったのです。
いっぽう、歌いかたにもレジスタンスを感じました。いまのポピュラー・ソングは、フアッション・ショウのように首飾り、フランス香水をただよわせるような型か、セクシイを売りものにして、しゃがれ声やためいきで官能に訴える型か、さもなければ、セーラー服に赤いリボンをなびかせる型が多いようです。
むろん、それぞれに魅力がありますが、キカンボは、キノミキノママで歌えるリズムとメロディーです。
ながい間、そういうタイプのひとを探しておりましたところ、舞踊家の竹部董さんの推薦で、ジャズ喫茶から発見しました。声といい、パンチといい、印象がぴったりでした。そこで『木の実ナナ』と名づけ、わたしのオリジナル『東京キカンボ娘』を歌ってもらうことになりました。
15才、1メートル60センチの木の実ナナは、トランペットの名手をパパに持つ明るい少女です。娘が歌手になるといえば、たいてい、ママは賛成で、パパが反対するケースが多いのですが、彼女の場合もそうでした。でも、渡辺プロダクションのコンテストに第一位ということになれば、パパだって許さないわけにはゆきません。ただし、高校を卒業することが条件だそうです。
木の実ナナの歌は、パンチがきいて、しかも低音魅惑の声を持っています。ロカビリーやツイストだけでなく、シャンソンでも、民謡でもこなせるひとです。竹部玲子バレー研究所に学ぴ、キカンボの振りつけを創った、竹部董氏にみっちりしこまれ、新しいタイプの歌手として、きっと人気が高まることでしょう。
どうか、和製などとおっしゃらないでキカンボを、また、木の実ナナを可愛いがって下さい。もしも、ごいっしょに歌い、おどっていただくことが出来ましたなら、キカンボとキカンボ娘は、どんなに喜ぶことでしょう。
片面の「かわいいキューピー」は現代のハイティーンのリズムであるロックを取り入れた軽快な曲です。木の実ナナの歌の恩師である森岡賢一郎が彼女のために書き下した新曲です。
B面の『かわいいキューピー』は池すすむ作詞、森岡賢一郎作編曲の“和製オールディーズ”。
むかしスタッフの要望でこの曲をヴィーナスというグループのラジオ番組で流したことがありました。ヴィーナスのリーダーの感想は「なんか童謡みたいだね」というもので、ヴィーナスがオールディーズで当てる前にやってた音楽からすると、確かにとてつもなく純朴で単純な楽曲、と云えるものでした。
1992年4月17日~6月26日、NHKの『金曜ドラマ』枠(毎週金曜20:15~20:45)で、木の実ナナが書いた『下町のショーガール ― ナナの愛と喝采の日々』(写真右=主婦と生活社・1986〔昭和61〕年12月初版)の前半を原作とした彼女の自伝ドラマ『六畳一間一家六人』(全11回)が放送されました。
ドラマは、昭和37年5月、木の実ナナの名でレコードデビューが決ったところで終わっています。つまり『東京キカンボ娘』をこれから吹込みしようという、その直前までです。
できれば今後続編を、それも芸能史に残る名舞台となった『ショーガール』シリーズの裏話あたりまでをぜひドラマ化していただきたいと思います。