2008/6/30 月曜日

アラブの民は「焼きそば」を知ってるだろうか

カテゴリー: broadside ballad — eiji @ 13:10:54

サッポロ一番 アラビヤンBIG焼そば2008年06月30日、すなわちきょう発売の新商品サンヨー食品株式会社『サッポロ一番 アラビヤンBIG焼そば』。
このキャラクターを見てハッとしたらあなたは結構なお歳です。
この商品の元となったものは即席袋めんの『サッポロ一番 アラビヤン焼そば』で、その発売は1967(昭和42)年。
当時、私もよく食べてました。
そのせいか中学くらいまで「焼きそばは茹でるもの」と思い込んでまして、のちに鉄板で炒める焼きそばや、油で揚げた固焼きそばの存在を知り、「じゃ今まで食ってたアレは何なのだ?」と(笑)

 

ザ・ターバンズ
私にはもうひとつ勘違いがあって、アラビア人はみなターバンを巻いていると子供心に思い込んでしまった。シンドバッドの映画や漫画を見てもやっぱりターバンの男たちが出てきますから、マァ無理からぬところです。
この件についても、ターバン着用が主としてインドのシーク教徒の習俗であり、日本の「ゲイシャ」のように、少数でありながら民族や国全体の代表的イメージとなっている点を、ずっとあとになって知った次第です。

そんな按配でしたから、米ヘラルドレーベルから1950年代後半に「WHEN YOU DANCE」「SISTER SOOKEY」「B-I-N-G-O」「IT WAS A NITE LIKE THIS」「VALLEY OF LOVE」「THE WADDA-DO」など多くのスマッシュヒットを放った黒人ドゥーワップ・グループ『ザ・ターバンズ』の写真(上のモノクロ写真がそれ)を見たときも、ファッションだとは分からずに「ブラック・モスレムのご先祖かしらん?」なんて思ったりしたもんです。
そういや一時、湯村輝彦がターバン巻いたワイシャツ男をよく描いてましたっけね。

 

ところで、なぜ「焼きそば」なのにアラビアだったのでしょう。Arabianですからアラビアンのはずなのにアラビヤンとなってるところも不思議です。
おそらくはスパイスを効かせたという部分で、ターバンを巻いた芦屋雁之助や長門裕之が飛び上がる「インド人もビックリ」の特製ヱスビーカレー(1964年)を連想し、戦前の子供向け軍事冒険小説のように現実の距離を超越してしまったのでしょうね。

 

2008/6/22 日曜日

ザ・ライド ハワイアン・ビーチ・ストーリー

カテゴリー: broadside ballad — eiji @ 7:25:43

ザ・ライド
さきほどテレビ東京『バリ・シネ』で
『ザ・ライド ハワイアン・ビーチ・ストーリー』THE RIDE Back to the Soul of Surfing
を見ました。
賞金稼ぎのプロサーファーがサーフィン黎明期のハワイへタイムスリップするという物語です。
初めて見ましたが大変すばらしい、後味のいい作品ですね。男の友情や人種を超えた恋が、わざとらしくなく、淡々と描かれてます。
『ビッグ・ウェンズデー』というサーフィン映画でも男の友情が描かれてましたが、より大きいテーマとしては60年代という時代そのものが中心にありました。
こちらは「サーフィンの魂に戻れ」との副題からも分かるように、サーフィンの心、ハワイの心「アロハ」そのものがテーマとなっています。
計算高く、狡く、生意気な白人青年が、サーフィンを通じてアロハの心に触れ、人間的にも成長していく。そこが嫌らしくなく、ごく自然に、すーっと見る者の心に迫ってきます。
タイムスリップ物の常として、元の時代に戻ってからどのようにつながってくるのかという、最後の見せ場があるのですが、この映画でも用意されてます。

 
 

2008/6/18 水曜日

制服の胸のここには

カテゴリー: broadside ballad — eiji @ 21:19:56

 いち早く復刻ユニホームを採用したのが阪神だ。05、06年と交流戦で70年代末から80年代前半にかけてのユニホームを使用した。巨人も昨年の交流戦期間中に、65年~73年に9年連続日本一となったV9時代のものを着用した。
 今年復活した南海のユニホームは59~68年、日本一に2度輝いた頃のデザイン。指揮官の王貞治監督は当時巨人の主力で、日本一を争ったライバルチームだった。「南海ホークス復活」はファンに好評だったようで、8月3、4日に南海の本拠地だった大阪で行われるオリックス戦でも、復刻ユニホームを着用することが決まった。88年にチームの福岡移転が決まり、大阪での最終戦で杉浦忠監督がファンに「行ってまいります」と別れのあいさつをして以来、20年ぶりの里帰りとなる。
(中略)
懐かしの復刻ユニホームともに、新しいデザインのユニホームも続々と登場している日本プロ野球。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080618-00000024-maiall-base

客室乗務員(フライトアテンダント)もスチュワーデス時代、できれば60~70年代の制服を復活してもらえませんか。
あのころのスチュワーデスって、ファッショナブルでカッコよかったよなぁ。

 かつて「東洋一」といわれた高島屋大阪店(大阪市中央区)の大食堂が18日、約4年ぶりに“復活”した。百貨店での食事が庶民のささやかなぜいたくだった当時の雰囲気を味わってもらおうと、昭和30年代の人気メニューも再現。全館リニューアル工事の間を利用した期間限定営業だが、往時を懐かしむファンで初日からにぎわいをみせた。
 大食堂は昭和5年、大阪店の開業とともに誕生。国内の百貨店で初めて冷房施設を取り入れたことから人気を集め、13年には1000席を誇る規模で「東洋一」と称されるようになった。53年に「ファミリーレストラン」に名前を変えたが、その後核家族化や専門店の増加で客足が減少。リニューアル計画によるレストラン街の見直しで、平成16年4月に閉店した。
 今回開業したのは600平方メートル、270席の「ロイヤルキッチン」で、大手ファミリーレストランチェーンが運営。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080618-00000935-san-bus_all

「昭和30年代の人気メニュー」には興味がありますが、運営が大手ファミレスってことになりますと、変わらぬ味というわけにもいかないでしょう。
料理人、調理法(レシピ)、調理器具、材料などが違えば、料理の名前は同じでもやはり別ものですね。

 

2008/6/5 木曜日

俺ら岬の燈台守

カテゴリー: broadside ballad — eiji @ 23:24:22

米東海岸のマサチューセッツ州で80年以上前に解体されたと思われていた灯台が、西海岸のカリフォルニア州に現存していたことが分かり、灯台研究家が専門誌「ライトハウス・ダイジェスト」の5月号に発表した。
http://www.cnn.co.jp/usa/CNN200806050013.html

海景恐怖症(シーヴューフォビア)の私としては海が写り込んでる灯台写真、特に荒波が灯台にぶつかってるような写真は怖くて見れません。でも灯台自体は嫌いじゃないんです。
欧米では灯台は“迷わないように導く”ところからキリスト教会の比喩に使われることも多いのですが、実際の灯台はむしろ実用本位でサッパリした雰囲気です。
世界にはまだまだ古い灯台が数多く残されていて、観光の対象になってますね。置き物も売ってます。

2008/6/3 火曜日

ボ・ディドリー死去

カテゴリー: broadside ballad — eiji @ 22:08:09

ボ・ディドリー チャック・ベリー、リトル・リチャードらとともにロックの開拓者として知られ、「ザ・ローリング・ストーンズ」ら多くのミュージシャンに影響を与えたボ・ディドリーが2日(月)、心不全のため死去した。79歳だった。
http://www.varietyjapan.com/news/showbiz/2k1u7d0000027mqf.html

黒ぶちメガネと長方形のボディのエレキギター、そして何よりもあの独特のサウンドがトレードマークの、きわめて個性的なアーチストでした。
70年代中期、ブラックミュージックを聴きまくってたころ、この人の影響力の大きさを知りました。
たとえばあの独特のリズムを流用した曲だけでも数十曲におよび、事実、それらを集めたアルバムが発売され、私も買っております。
個人的には勝手にマンガのキャラを歌ってる「ロードランナー」が一番気に入ってます。

YouTube - Bo Diddley - Hey, Bo Diddley and Bo Diddley

YouTube - Bo Diddley - Road Runner

 

2008/6/2 月曜日

ウガンダ死す

カテゴリー: broadside ballad — eiji @ 15:23:38

 元ビジーフォーのメンバーで、デブキャラタレントの先駆けとして知られるウガンダ・トラさんが5月31日午前5時30分、東京都内の病院で亡くなった。55歳だった。死因は不明。公称体重115キロのウガンダさんには糖尿病や肝臓などに持病があったが、先月10日に足元がおぼつかない状態のため入院、治療を続けていた。
http://www.asahi.com/culture/nikkan/NIK200806010054.html

シングル「たいへん!バイキン音頭」ビジーフォーシングル「センチメンタル急行」ローズマリー

(上左)ビジー・フォーのシングル盤『たいへん!バイキン音頭』。
(上右)モト冬樹がビジー・フォー以前に加入していたローズマリーの、シングル盤『センチメンタル急行』。

渡辺プロ所属だった『ビジー・フォー』(1981年当時)
(左)渡辺プロ所属だった『ビジー・フォー』(1981年当時)。
上から
●スリム冬樹
昭和26年5月5日生。174cm 53kg
ギター担当。
●島田与作(リーダー)
 昭和22年3月1日生。165cm 57kg
 ベース・ギター担当。
●グッチ裕三
 昭和27年2月27日生。166cm 60kg
 ボーカル担当。
●ウガンダ・トラ(本名 佐藤彰洋)
 昭和27年6月6日生。176cm 100kg以上
 ドラム担当。
※全員、東京出身
(ジャケット裏のプロフィールからそのまま引用。死亡記事ではウガンダの本名は佐藤信一郎)

最初期のネタのひとつ、ウガンダの『小さい悪魔』♪ヘーイリトルデブは忘れられません。とにかく器用な人たちだったんですが長くは続かず、“滞空時間”は正味5年くらいでしたでしょうか。

『ローズマリー』時代のモト冬樹
(右)『ローズマリー』時代のモト冬樹。
髪の毛が長い長い!
ビジー・フォーをビートルズに喩えるならばグッチがポール、冬樹がジョン・レノン(褒めすぎか?)
冬樹はウガンダとも馬が合うようでビジー・フォー解散後、同じ事務所(アミーパーク)でやってたようです。
モト冬樹 - Wikipedia
みちのく音楽産業/モト冬樹 プロファイル

新聞記事ではウガンダが元祖デブキャラということになってますが、本当は“中興の祖”といったところでしょう。
元祖デブキャラというと日本では岸井明や「ブーチャン」こと市村俊幸。ミュージシャンで役者もこなす点ではウガンダのご先祖たちといえるでしょう。
海の向こうでは、二枚目デブキャラではロスコー・アーバックル、三のセンでは極楽コンビローレル&ハーディのオリヴァー・ハーディでキマリですね。

 

追加記事

(下)モト冬樹がビジー・フォー以前に所属していたバンド『ジュテーム』のシングル盤『鏡の中のあなた』。
エド山口・モト冬樹兄弟が『東京ドンバーズ』としてテレビ東京『クイズ!タモリの音楽は世界だ』(1995年12月8日放送)に出演した時の映像。

シングル「鏡の中のあなた」ジュテーム

モト冬樹(当時24歳)

(上)ジャケット拡大写真。
(2008年10月14日)

 

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