2008/4/23 水曜日

復刻版カップめん

カテゴリー: broadside ballad — eiji @ 10:24:35

「めん吉ラーメンどんぶりくん」「うまかめん とんこつラーメン」

明星のカップめん「復刻版」シリーズ。
(左)『めん吉ラーメンどんぶりくん しょうゆ』
「1977年(昭和52年)発売 なつかしのあっさりしょうゆラーメン 21世紀に再現!!」
(右)『うまかめん とんこつラーメン』
「1980年(昭和55年)発売 懐かしのすっきりとんこつラーメン、21世紀に再現!!」

これもまた今風にアレンジ(微調整)した“復刻モノ”ということでしょう。
それにしても1977年が「懐かしい」時代になってしまいました。

2008/4/10 木曜日

雪村いづみ物語

カテゴリー: book notice — eiji @ 20:21:33

雪村いづみ物語
平凡社新書417 大下英治著『雪村いづみ物語』800円+税
2008年4月10日第1刷発行
赤裸々な、いや、あけっぴろげな内容ですね。
個人的には、雪村いづみ――(長良じゅん)――氷川きよしの
ふしぎな因縁を感じました。
雪村さんのレコードではキャラメルママとコラボした服部良一作品集『スーパー・ジェネレイション』が好きで、今でもよく聴いてます。

2008/4/9 水曜日

014 二十才前

カテゴリー: わたしをつくった101枚 — eiji @ 10:19:41

わたしをつくった101枚

シングル「二十才前」岩崎宏美 (左)『二十才前』 作詞:阿久 悠、作曲・編曲:穂口雄右(ほぐち ゆうすけ)、歌:岩崎宏美。発売:1978年2月5日、ビクター音産。
 岩崎宏美と私は“おない歳”です。1958(昭和33)年生まれ。私のほうがわずかに早いですかね。『二十才前』は岩崎宏美のリアルタイムの年齢を歌っており、私もまた二十歳(はたち)という人生の区切りを迎えていて、この歌に仄かな感傷を呼び起こされたものでした。

 私は日本テレビ『スター誕生!』で岩崎宏美が出場し、決勝に進んで、スカウトされる場面を見ております。あの番組で最初に出てきてその歌の巧さにいきなり拍手をもらったのは森昌子、岩崎宏美、藤正樹の3人くらいでしょう。予選段階から絶賛されて別格扱い、期待のホープでした。
 私は当時、岩崎宏美のディスコ歌謡路線に不満で、企画としてもあれがベストだったのかいまだに疑問を持っています。12枚目のシングル『二十才前』のころもまだその路線の真っ只中で、この曲も基本的にはディスコ調でした。
 作曲・編曲の穂口雄右は、初代ジャニーズのバックバンドを皮切りにGSの『アウト・キャスト』等を経て、スタジオ・ミュージシャン、編曲家、作曲家として名を成し、音楽学校経営者・講師、音楽出版社代表取締役、ジャスラック評議員などの肩書きもある、“物言う大物”としてギョーカイでは有名な人です。一般的にはキャンディーズの一連のヒット曲で知られております。

 で、この楽曲ですが、最大の特徴は歌詞の最初の3行分が、前歌(前唱部=ヴァース)になっていることでしょう。まるで70年代中期に流行った60年代オールディーズのディスコ・ヴァージョンみたいな感じです。
 前歌というのは、これは“クラシックのプレリュード(前奏曲)をボーカルに当てはめる”などといった高邁な考えから出てきたものではなくて、おそらくはヨーロッパの伝統音楽であるバラッド(物語の歌)に由来するものでしょう。シャンソンにおけるそれは、あるいはフランスのバラード(バラード詩形)の影響があるかもしれません。
 比較的長い前歌のある楽曲では世界的にヒットした『スターダスト』『枯葉』『思い出のサンフランシスコ』なんかが有名ですね。変わったところでは、フランクシナトラがアルバム『シナトラ&ストリングス』(1961年)で『スターダスト』のヴァースだけを歌ってたりします。
 森進一が持ち歌『おふくろさん』に無断で前歌をつけたというんで怒った作詞者の川内康範が歌唱禁止を突きつけた騒動は皆さんよくご存知でしょう。これは逆に前歌というものへの関心を集めることにもなりました。
 短い前歌のある楽曲はシャンソンやオールディーズに特に多く、とても数え切れません。一例を挙げればフォー・シーズンズの『レッツ・ハング・オン』。歌謡曲ではあまり見られませんが、シュガーの『ウェディング・ベル』はやはりこの形式です。
 オールディーズでは前歌の代わりに、“短い語り”というのも多かった。(間奏で語りが入るというのは、これはまた別物です)
 70年代以降の歌謡曲ではそれらとは逆にサビのメロディを冒頭にバンとぶつける、当時としては斬新なスタイルが流行ったりしました。『さよならをもう一度』『横須賀ストーリー』はその代表ですね。そういう時代でしたからこの『二十才前』は少しく異彩を放つ存在ではありました。

 歌のテーマは、恋愛の進展に対する微かな不安と迷い、といったところでしょうか。前回採りあげた山口いづみの『緑の季節』とかなり似ています。“迷い”といっても、前年1977年のヒット曲、森田公一とトップギャラン『青春時代』、渡辺真知子『迷い道』ほど深刻ではないですし、のびのびとしたメロディのディスコ調で、岩崎宏美も気持ちよく歌ってますから、なによりもスムースで耳に馴染みやすかったのですが、なぜか大ヒットには至りませんでした。

 終わり近く「十六、十七、十八と」という詞が出てきます。岩崎宏美を含むわれわれ世代には、藤圭子の「十五、十六、十七とォ~」という、あのスゴ味のある歌声をただちに連想させる箇所ですね。きっと作詞の阿久悠自身も同じ連想をしたことでしょう。
 それぞれの世代の十代後半の有りようは、大雑把に云えばこのふたつの曲の違いにまんま反映しているようなものでして、われわれ世代を喩えれば大量生産されるプラスティック成型物。軽いっちゃ軽いです。
 まぁどのような青春であろうと青春の“一回性”には感傷が付き物ですし、ましてや二十歳(はたち)という節目ともなれば社会人としての心許なさ、漠然とした不安、うっすらとした哀しさがつきまとうのはむしろ当然。私のように当時苦しくつらいことが多いと感じていた人間でもそれなりに愛惜を感じたわけです。
 この歌は私の世代の、そうした覚束ない二十歳の表情を写した、いわば一葉のスナップのようなものだったのではないでしょうかね。

岩崎宏美オフィシャルサイト

(2008年4月9日)

2008/4/6 日曜日

チャールトン・ヘストン死去

カテゴリー: broadside ballad — eiji @ 19:50:07

米映画「ベン・ハー」(1959年)でアカデミー主演男優賞を獲得した名優チャールトン・ヘストン氏が5日夜、カリフォルニア州ビバリーヒルズの自宅で死去した。ヘストン氏の家族が声明で明らかにした。CNNテレビなどによると、84歳だった。死因は不明だが、アルツハイマー病を患っていた。
 イリノイ州エバンストン生まれ。兵役後、俳優活動を始め、「虐殺の街」(50年)で銀幕デビュー。「十戒」(56年)の預言者モーゼ役で注目を集め、大作「ベン・ハー」で数奇な運命をたどるローマのユダヤ人貴族を演じ、スターの地位を確立した。重厚な存在感で史劇への出演が多く、70年代に制作された「アントニーとクレオパトラ」では監督も務めた。
 一方、世界的大ヒットとなった「猿の惑星」(68年)でSFに初挑戦し、近未来の暗たんとした都市生活を描いた「ソイレント・グリーン」(73年)にも主演。さらに多くのファンを獲得し、ハリウッドを代表する男優として一時代を築いた。
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2008040600064&j1

 1998年から2003年まで銃規制に反対するNRAの会長。銃所持の権利を主張するグループや銃器メーカーの保護に力を入れ、政界への影響力を発揮、銃規制派のクリントン前大統領と対立したこともあった。
 銃社会を批判したマイケル・ムーア監督のドキュメンタリー映画「ボウリング・フォー・コロンバイン」(02年)でも、同監督のインタビューに持論を展開。タカ派の論客でもあった。
http://www.daily.co.jp/newsflash/2008/04/06/0000917648.shtml

全米ライフル協会のボスで、兵器・武器産業の守護者として活躍したヤなイメージがあって、好きになれませんでした。
出演作品では「黒い絨毯」(1954) 、「大いなる西部」(1958) 、「北京の55日」(1963) 、「猿の惑星」(1968) 、「大洋のかなたに」(1970) 、「ソイレント・グリーン」(1973) 、「エアポート’75」(1974)、「大地震」(1974) が印象に残ってます。

HTML convert time: 0.678 sec. Powered by WordPress ME