晴乃ピーチク氏(はるの・ぴーちく、本名・直井利博=なおい・としひろ=漫談家)。23日、肺がんで死去。82歳。
1954年、漫才の「晴乃ピーチク・パーチク」を結成し、「見たかや聞いたかや」のギャグで人気を集めた。73年にコンビを解消し、似顔絵を即興で描く漫談家として活躍した。90年、文化庁芸術祭賞を受賞。http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20071024ic01.htm
「直井オサム・大沢ミツル」時代には私はまだ生まれておりません(笑)。その名でも大人気だったそうですね。
その後、司会業にも進出するようになり「晴乃ピーチク・パーチク」と改名(つまり記事の「結成」は誤り)、さらにメジャーな存在となりました。
コンビの解消は弟子の「晴乃チック・タック」解散に、逆に影響された部分があったのでしょうか。
チックとタック(高松しげお)のコンビ仲の悪さは漫才史上に残る伝説ですが、弟子筋に当たる「星セント・ルイス」(1972年結成)もやはり仲が悪いと云われました。
そういう伝統なのかと思いきや、ピーチクが、態度が悪いとマスコミに叩かれていたチックとコンビを組んだりして、師弟愛か苦肉の策か、なんて話にもなりました。