夢まぼろしのSO-CAL

「夢のカリフォルニア」や「マンデー・マンデー」などのヒット曲で知られる1960年代のフォーク・ロック・ユニット「ママス・アンド・パパス」のメンバーだったデニー・ドハーティ氏が亡くなった。享年66歳。
 カナダ通信が家族の話として伝えたところによると、ドハーティ氏は19日、オンタリオ州ミシサーガで亡くなった。
 ドハーティ氏は1965年にキャス・エリオット、ジョン・フィリップスとその妻ミシェル・フィリップスとともにママス・アンド・パパスを結成。同バンドは68年に解散したが、98年には米ロックの殿堂入りを果たした。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070120-00000511-reu-ent

シングル「夢のカリフォルニア」ママス・アンド・パパスCD「MAMA'S BIG ONES」ママ・キャス・エリオット

(左)ママス・アンド・パパス シングル盤『夢のカリフォルニア』
(右)ママ・キャス・エリオット CD『MAMA’S BIG ONES』

『夢のカリフォルニア』は本来なら今の季節にピッタリの内容なんですが、現在カリフォルニアは記録的な大寒波に襲われてますし、ニューヨークは桜が咲く陽気。
歌詞とはまったく反対になってます。
そういえば地球環境の悪化に対する警告は1960年代に言われ始めたんですよね。

米国西部カリフォルニア州に寒波が襲来し、氷点下の気温が数日間にわたって続いたため、収穫を控えたオレンジやレモンなどの柑橘(かんきつ)類が大きな打撃を受けている。被害額は最低でも、4億8000万ドル(576億円)と推定。カリフォルニア州のシュワルツェネッガー州知事は今月12日、寒波による被害が深刻だとして、非常事態宣言を発令している。

http://www.cnn.co.jp/usa/CNN200701180020.html

 米北東部で記録的暖冬が続いている。例年は氷点下の冷え込みとなるニューヨーク市内では5日、気温が17度まで上昇し、4月中旬並みの陽気となった。エルニーニョ現象の影響とみられ、予報では本格的な冬の到来は今月後半になる見通しだ。
 市内各地では桜が開花しているほか、Tシャツ姿で歩く人も目に付く。コーヒーチェーンのスターバックスではフラペチーノなどの夏用ドリンクが売れている。

http://www.asahi.com/science/news/JJT200701060003.html

団塊世代もいまやジジイ・アンド・ババア。
かつて世界中で異議申し立てをし、造反し、大暴れしてきた割りには、
これといって人類に寄与してない気がしますが、どうでしょう?

 

あゝ井沢八郎

 「あゝ上野駅」などのヒット曲で知られる演歌歌手の井沢八郎(いざわ・はちろう、本名・工藤金一=くどう・きんいち)さんが、17日午後11時18分、食道がんのため亡くなった。
 69歳だった。
 告別式は26日午前10時から、東京都八王子市山田町1681の2の八王子市斎場で。喪主は妻、美代子(みよこ)さん。
 青森県弘前市出身。1963年に「男船」でデビュー。翌年出した「あゝ上野駅」は、集団就職で上京する若者を描いた作品で、戦後の世相を切り取った名曲として愛唱され、上野駅に歌碑も建てられた。力強い高音を持ち味とし、ほかに「男傘」「北海の満月」などをヒットさせた。長女は女優の工藤夕貴さん。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070118-00000411-yom-ent

シングル「ああ上野駅」井沢八郎
(左)井沢八郎のシングル ベスト・カップル・シリーズ『ああ上野駅/北海の満月』
買春事件の謝罪会見で「御本尊様に申し訳なくて」などとミョーな反省をしてましたっけ。
ハデハデの衣装といい、パンチパーマといい、キャラや持ち歌の世界から意図的に離れようとしていた印象があります。
娘さんとはその後、和解出来たのでしょうか。

 

追加記事

2005年9月に食道がんを患い入院。約1年3か月に及ぶ闘病生活も実らず、帰らぬ人となった。井沢さんの長女で女優の工藤夕貴さん(36)は、17日がバースデー。最期をみとることができなかったが、同日朝に対面。「父は私の誕生日を祝うために頑張っていてくれていたのかもしれない」とホームページに心境をつづった。
 井沢さんは、妻で声優の工藤美代子さん、親族らにみとられ、静かに息を引き取った。
 井沢さんは一昨年9月に食道がんを患って入院。手術を受け、一度は退院したが、昨年5月にがんのリンパ節への転移が発覚。その後は、放射線治療・免疫療法を続けるなどして闘病生活を送ってきたが、11月に再入院していた。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070119-00000067-sph-ent

工藤夕貴は2005年9月以来、父親の看病に専念していたのに、一切口外はしなかったそうです。

工藤夕貴オフィシャルウェブ
(2007年1月19日)