つわものどもが夢の超特急

テレビ東京開局40周年・芸術祭参加ドラマスペシャル『新幹線をつくった男たち』(10月3日放送)を見ました。
昭和30年代、困難な状況を乗り越えて新幹線を開通させた国鉄総裁や技術者らの姿を描いた実録ドラマです。

 原作:高橋団吉『新幹線をつくった男 島秀雄物語』
 脚本:矢島正雄
 演出:高橋一郎
 音楽:渡辺貞夫
 製作:テレビ東京、東宝
 出演:松本幸四郎(島秀雄役)、三國連太郎(十河信二役)、加藤治子、高橋恵子、鈴木瑞穂、金田龍之介、林隆三、高橋昌也、津嘉山正種、益岡徹、橋爪淳、木村理恵、
 ナレーション:辻 萬長

どちらかといえば、「さぁ感動しろ」といわんばかりの濃い目のドラマより、こういう叙事詩的ストーリーのほうが私の好みには合ってます。テレ東らしく、新幹線の「予算」という経済問題を背景に据えたところも、好感が持てました。
出番は少ないのですが、私の大好きな俳優・高橋昌也と、日本映画黄金時代に活躍した鈴木瑞穂の両氏が出ておられます。やはりこうした方々が演じるとドラマ自体に重みというか渋みというか、ある種の「貫禄」が付いていいですね。
高橋昌也氏は1990年代にはあまりお見かけしませんでしたが、2年くらい前からまた俳優として活動されているようです。

この番組は、戦前から続く日本の技術力の高さを称揚し、影の功労者たちを顕彰する、いわばドラマ仕立ての民放版“プロジェクトX ~挑戦者たち~”といっていいでしょう。
でも皆さん、新幹線には「ひかり」はあっても影はない、なんて思ったら大間違いですよ。
東海道新幹線の営業開始が期限の切られた国策である以上、「強引な建設」となったのはむしろ当然でしてね。用地買収、強制的立ち退きなどをめぐって当時、多くのトラブルが発生しているんです。
しかも大マスコミは、「夢の超特急」、ひいては国民悲願のオリンピック開催への期待感に水を差すことを懼れ、そうした不祥事に目をつむり報道を忌避してしまった。
まぁ当時の世の中の「空気」としては、無理からぬところでしたけどね。
敷設ルートの情報を事前に知って土地を買占め高値で買い取らせた者、知らずに安値で買い叩かれてしまった人たちのエピソードは、けっきょくフィクションという形でしか世に出せなかったんです。
有名なところでは、開通前の1963年12月、書下しで出版された光文社刊、梶山季之著『夢の超特急』。用地買収にかかわる新幹線公団汚職事件を描いた推理小説で、翌年、増村保造監督によって映画化されました(大映『黒の超特急』主演:田宮二郎)。

増村保造監督『黒の超特急』(1964)予告篇

  ※(追記:この動画は削除されました

 

新幹線それからこんなのもありました。
弘文社刊、西口克己著『新幹線』(1966年4月20日初版=左)。
著者(故人)は作家活動以外にも、日本共産党の京都市議、京都府議としても長らく活躍した人でした。この作品では、左翼作家らしく、新幹線建設の大義名分に泣かされた「貧しき庶民」の目線から権力の横暴と悪辣と腐敗、人間の貪婪さ、卑怯さを描いています。

cf. 西口克己 – Wikipedia

戦後の経済が、戦時中の“統制経済”、あるいは満洲国モデルを引き継いだものであったように、新幹線も戦前の陸海軍の兵器製造の技術が活かされてました。技術の平和利用ですからそれ自体は喜ばし事でしょう。できれば今後、新幹線の技術が軍事転用されないことを切望するのみです。

◇    ◇    ◇

下の写真は、ウチの部屋を走っている「夢の超特急」です(笑)
あのころ、この試作デザインが広く流布していたため、本物の新幹線を見たとき「アレッ?」と思ったことを覚えてます。

◆    ◆    ◆

開通した年の1964年、レコード各社から新幹線を歌ったシングル盤が次々発売されました。
私の資料室にあるのはその中の2枚。どちらも国鉄が「後援」しています。

(上左)山口伸『飛ばせ!夢の超特急』
この歌が山口伸のデビュー曲だそうです。
B面の『花のローカル列車』は一転、在来線の風情を歌っておりますが、『あゝ上野駅』と同じようにW.S.Hays作曲の『故郷の廃家』を織り込んでるところが印象的です。

(上右)立川澄人『夢の超特急“ひかり”の歌』 c/w ミッチー・サハラ『ヒューヒュー行こう超特急』
A面は谷川俊太郎の作詞。「ラララララ」が多用されてます。

CD「歌は世につれ 東京オリンピック」ほか、確認している楽曲に、
キングの二宮ゆき子『新幹線で逢った人』、日本コロムビアの水島正和『東京・大阪・三時間』と中川順子『はしれ超特急』があります。
『はしれ超特急』についてはCD『歌は世につれ 東京オリンピック』(左)で知りました。

クラウン時代の小林旭『東海節』(1964)(右)はジャケットに新幹線の写真が載ってますが、歌詞には出てきません。

(2004年11月7日)
(2007年11月7日改稿)

 

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050205_02.jpgラピタ2005年3月号。980円。
付録が『世界最小の自走する鉄道模型(新幹線試作A編成1002号)』。ボタン電池で動きます。
気の迷いで買ってしまいました(笑)。
買ってから気がついたのですが、カーブレールが2本だけ付いてまして、これだけでは円にもなりません。ぐるぐる回すためには通販で残りのレールを買わないといけないのです。
う~む・・・そうと知ってたら買わなかったのに。
(2005年2月5日)

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「夢の超特急」、走る! 新幹線を作った男たち

 

碇 義朗著『超高速に挑む 新幹線開発にかけた男たち』(1993年2月、文藝春秋社刊)が、文春文庫『「夢の超特急」、走る! 新幹線を作った男たち』として復刊されました。
(2007年10月10日)

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ダンゴ鼻の初代新幹線「0系」全廃へ JR西日本
 JR西日本は、ダンゴ鼻が特徴の初代新幹線車両「0系」の営業運転を来秋で終え、全廃することを決めた。最新型「N700系」の増備に伴い、世代交代させる。
 東海道新幹線開業の1964年に登場。最高時速210キロは当時世界一だった。現在は塗装を変え、6編成計36両が山陽区間限定の「こだま」として走っている。
 01年に鉄道発祥の地、英国の博物館に収蔵されるなど、日本の鉄道技術の象徴だった。高度成長を支えた「夢の超特急」は、いよいよ夢の中だけの存在に。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071219-00000168-mai-soci

いまだに新幹線と聞くと0系の顔が頭に浮かびます。
いよいよ完全引退ですか。
あれからずいぶんと経ったんですねぇ。
(2007年12月20日)

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 駅弁製造販売の老舗「淡路屋」(神戸市)は、初代新幹線「0系」が11月に引退するのを記念して、0系をかたどった「夢の超特急弁当」を販売している。
 弁当の陶器製容器は、0系の特徴である白と青のボディーに団子鼻。すし飯の上にタコやアナゴ、ローストビーフなどが盛られている。1050円で、来年3月末まで販売する予定。
http://www.zakzak.co.jp/top/200809/t2008091651_all.html

容器代の割合は何%くらいでしょうか。
(2008年9月16日)

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1995年11月11日放送の『NHKスペシャル 戦後50年・その時日本は 第8回 列島改造 田中角栄の挑戦と挫折』で、全国新幹線鉄道整備法案(1970年3月)が大きく採り上げられ、その中で映画『東海道新幹線』(企画:国鉄、製作:新理研映画)の映像の一部が使用されました。

映画『東海道新幹線』(企画:国鉄、製作:新理研映画)
映画『東海道新幹線』(企画:国鉄、製作:新理研映画)

(2008年11月24日)

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<0系新幹線>昭和駆け抜け終着駅 「だんご鼻」に拍手
12月1日0時32分配信 毎日新聞
 夢の超特急が44年の歴史に幕を下ろした。30日に定期運転を終え、引退した初代新幹線・0系。最終便「こだま659号」に乗車した。車内で、そして沿線の各駅では、大勢のファンや家族連れらが最後の雄姿を目に焼き付け、自分たちの人生と重ね合わせた。夕方、終着の博多駅で最後の警笛が「プワーン」と鳴り響いた。また一つ「昭和」の象徴が姿を消した。
(中略)
 午後6時24分、定刻より3分遅れで博多駅到着。全乗客を降ろした0系は警笛を鳴らし、姿を消す。大きな拍手が起こった。
 ◇さよなら運転も指定券売り切れ
 JR西日本はファンの要望に応え、12月6、13、14日に「さよなら運転」として、新大阪-博多間などで0系による臨時「ひかり」を運行する。全席指定の指定券は既に売り切れている。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081201-00000002-mai-soci

蒸気機関車みたいに、たまに走れば儲けになるかも。
(2008年11月30日)

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(2009年8月10日)

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2009/10/15 15:12~15:15 の放送内容 NHK総合 みんなの童謡「はしれ ちょうとっきゅう」
 山中恒・作詞 湯浅譲二・作曲 和田薫・編曲(うた)堀江美都子,NHK東京児童合唱団,(演奏)東京フィルハーモニー交響楽団,(指揮)和田薫 ~東京都青梅市、神奈川県小田原市、山梨県都留市、 静岡県菊川市ほかで収録~
【出演】(うた)堀江美都子,NHK東京児童合唱団,(演奏)東京フィルハーモニー交響楽団,(指揮)和田薫
http://tv.yahoo.co.jp/program/6096/?date=20091015&stime=1512&ch=8200

NHK『みんなの童謡』で、『はしれちょうとっきゅう』が放送されていることを確認しました。
(2009年10月15日)

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東映『新幹線大爆破』(1975)
監督:佐藤純彌
出演:高倉健、山本圭、織田あきら

  ※(追記:この動画は削除されました

 

(2010年2月20日)

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 JR東海のリニア中央新幹線開発に関与しているとの触れ込みで、東京都中央区の技術開発会社「アテック」が未公開の自社株購入を一般市民向けに勧誘、投資に応じた市民から、「約束の期限を過ぎても上場されない」という被害の訴えが相次いでいる。毎日新聞の調べで、少なくとも関東や関西の9人が、計5950万円分を購入。
(中略)
 昨年9月、千葉市のホテル。同社の説明会が開かれ、投資に応じた株主数十人が集まった。登壇したのは車いす姿の同社会長。会長は元運輸省技官から旧国鉄に渡り歩いた技術者で「リニアの生みの親」とも呼ばれた人物。簡単な事業説明とあいさつをしたが、その後の同社側の説明はあいまい。出席者によると株主からは上場時期などに関する質問が相次ぎ、紛糾する場面もあった。ある出席者は「証券会社の関係者も来ておらず、『変だな』と思った」と証言した。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100703-00000011-maiall-soci

新幹線だけに逃げ足も速い。テカ。
(2010年7月3日)

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中国政府・鉄道部の張曙光副技術長はこのほど、中国では20年後には、最高時速が500キロメートル以上の高速鉄道の営業運転が実現するとの見方を示した。急速に技術力を伸ばしている背景には、「後発国の有利さを生かしたこと」があるという。チャイナネットが外電を引用して報じた。
張副技術長によると、中国の高速鉄道が最高時速を250キロメートルから380キロメートルに引き上げるのに、先進国が30年以上を費やしたが、中国は6年しかかからなかった。
技術の急速な発展は「後発国の有利さを享受した」からで、「他の多くの国における高速鉄道技術の長所を総合して、中国独自の特色を持つ、完全に知識財産権を持つ技術を発達させた」という。
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2010&d=1110&f=national_1110_118.shtml

「独自に開発した技術」などと嘘をつくよりまだマシなのかも・・・
それにしても大陸部中国人の図々しさにはあきれるばかり。
(2010年11月10日)

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濱松清香、森の木児童合唱団 – はしれちょうとっきゅう

真理ヨシコ、杉並児童合唱団 – はしれ ちょうとっきゅう

堀江美都子、NHK東京児童合唱団 – はしれちょうとっきゅう

(2011年9月3日)

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2013/12/13
 新幹線の成り立ちについて、元国鉄技師長・島秀雄さん(1998年に96歳で死去)の存在なしには語れない。
 鉄道専門誌『鉄道ファン』の2012年8月号を、いまでも大切に保管している。島さんの次男、島隆さんが書いた「島秀雄の技術哲学」に心打たれたからである。
 そのなかで、背筋がゾクッとするほど驚いたのが、島さん自筆の計画図「東海道新幹線プロジェクトの経緯」。1956年から新幹線開業の64年まで、運輸省や国鉄本社、研究・設計などの各機関で取り組むべきべき課題を、事細かに記してある。「夢の超特急」は、実は緻密な計画と地道な作業の積み重ねで誕生したことを、あらためて痛感した。
 島さんは計画図の冒頭にある56年から動き始めたわけではない。戦時中、疎開先の東京・中野坂上で、蒸気機関車全盛の時代に電車を研究。49年、「電車は短距離用」という常識を覆して長距離用電車80系がデビューした。58年には国鉄初の電車特急「こだま」が誕生。これらのノウハウを生かし、特に新しい技術は用いずに新幹線を作り上げた。島さんは「ビジネス特急」と呼ばれた「こだま」について後に、「あれは本当に苦労してつくった。新幹線はその考えを延長したようなものだ」と振り返ったという。
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20131213/dms1312130730012-n1.htm

(2013年12月13日)

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2014/07/17
 鉄道車両メーカーの日本車両製造(名古屋市)は17日、東海道新幹線開業50周年に合わせ、45分の1サイズの高級車両模型「スーパーディスプレーモデル0系新幹線電車」を19日に発売すると発表した。価格は15万1200円。
 車両の全長は約55センチ。車体は全て金属製で、車内座席の色など細部にもこだわった。0系新幹線は1964年に登場し、「夢の超特急」と呼ばれた初代新幹線。模型では新大阪-東京の「ひかり2号」の先頭車両を再現した。
 日本車両で鉄道グッズを手掛ける部署「日車夢工房」のホームページなどで購入できる。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/140717/trd14071719010019-n1.htm

高いか安いか。どう思う?
(2014年7月18日)

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150521_02
佐藤充著、彩図社刊『誰も語りたがらない 鉄道の裏面史』619円+税。
2015年6月12日第12刷。
近所のセブン-イレブンで買った。224ページの文庫本がこの値段。物の値段も高くなったもんだね。
マスコミが敬遠するこうしたタブーネタは割合好きで、特に鉄道のような信用第一のジャンルでは貴重な情報だと思う。
新幹線についても書かれている。
(2015年5月21日)

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ありま双兵 – おかやま恋唄(新幹線は岡山まで)

  ※(追記:この動画は削除されました

 

渡辺音楽出版制作。おそらく持ち込み企画の自主制作盤。
山陽新幹線の新大阪駅~岡山駅(6駅)が営業開始したのは1972(昭和47)年なので、そのころのものでしょう。
(2015年6月29日)

追加記事

(2018年2月1日)

追加記事

(2018年7月23日)

追加記事

初めて見た。
(2018年8月18日)

追加記事

(2018年3月6日)

 

この記事の旧版はこちらです。
register movement: つわものどもが夢の超特急

つわものどもが夢の超特急」への2件のフィードバック

  1. 坂本仁助

    私は 熊本県八代市に住んでいるものです 私の親友 山口さんの事を今夜お風呂に入りながら
    ふと思い まさかと思い 慣れない インターネットで 新幹線 レコード 山口伸 と検索し 
    貴殿の記事を拝見し とても 感謝と感激いたしまして お礼のメールを書き込みました
    彼は十数年前にお亡くなりになり 今でも時々彼の事を思い出すのです
    本当に彼の記事有難うございました 

    返信
    1. 菅佐原 英二 投稿作成者

      坂本様
      このブログを書いております菅佐原英二(すがさわら・えいじ)と申します。
      コメント有難うございます。
      ご住所と電話番号の部分を隠して、表示させていただきました。

      山口伸さんがお亡くなりになっていた由、歳月の流れと無常の風を大いに感じました。
      あのときの「若者」も、今は次々この世を去る時代となり、次は私の世代か、なんて思ったりもします。
      もし山口さんがご存命でしたら、現在の新幹線開通ラッシュをどのようにご覧になっていたでしょうかね。

      「慣れない インターネットで」とお書きになってますが、
      ネットは個人レベルで世界的メディアを手に入れたようなものですから、どうぞ大いに情報を発信なさってみたら良いかと存じます。
      山口さんのこと、あの時代のこと、そして今のこと。自分のこと、他人のこと、あれやこれや、、、
      活字メディアに頼らなくても、地球の裏側や南極基地からだってアクセスできる情報を自由に発信できるのですから、活用しない手はございません。
      私自身、生きたる証をどうにか残せないものか、と考え、
      (あるいは言いたいことを言ってやる、という不遜な気持もあり)
      ブログを続けております。なかなか面白いですよ。

      今夜は山口伸さんの御霊前に献酒するここちで、一献傾けようかと思います。
      ありがとうございました。

      返信

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