2004/11/30 火曜日

012 おじさまとデイト

カテゴリー: わたしをつくった101枚 — eiji @ 12:46:00

わたしをつくった101枚

シングル「おじさまとデイト」中尾ミエ (左)『おじさまとデイト』 作詞:荒木光子、作編曲:吉田正。歌:中尾ミエ。発売:1963(昭和38)年6月、ビクター。
 先日、名匠スタンリー・ドーネン監督の『アバンチュール・イン・リオ (Blame It on Rio)』(1984年米)というコメディ映画をテレビの深夜劇場で見ました。年ごろの娘ジェニファー(ミシェル・ジョンソン)が父親の親友マシュー(マイケル・ケイン)に熱を上げて大騒ぎというストーリーです。
 高校生ぐらいの娘のなかには、頼りない同級生に飽き足らず、父親のような歳の男性に憧れる、そういう種類の子がいるらしいんですな。日本にもいるでしょう、そういうのは。
 男の子でも希に「愛があれば歳の差なんて」という熟女嗜好(マザコンの変形?)が見受けられますが、女の子の場合に較べりゃマァそっちは少数派でしょう。

 歳の差恋愛・歳の差結婚でも両者成人の場合は何の問題もないわけです。“おいらくの恋”と冷やかされるとか、せいぜい遺産相続でモメるとか、その程度ですよ。
 ところが女の子が未成年、しかもローティーンだとこれはちょっと大変なことになります。
 1924年16才の少女と結婚したチャールズ・チャップリン、1958年14歳の従妹(いとこ)と結婚したジェリー・リー・ルイス、そうしたロリコン男(チッキン・ホーク=少女好き)のスキャンダルが今も引き合いに出されることがあります。
 ロリコンという言葉の出典がウラジミール・ナボコフの小説『ロリータ(Lolita)』であることはよく知られてます。これは中年男が少女(12歳半)に心奪われ最後には破滅するという話で、その文体・表現の美しさとは裏腹に、描かれる世界は耽美主義・悪魔主義・異端文学・暗黒小説といった範疇に入れられるべきものでした。
 ナボコフ自身の脚色、スタンリー・キューブリックの演出による1962年の映画化、エンニオ・モリコーネが音楽を担当した1997年の再映画化をはじめ、亜流もしくはイメージの流用はおびただしい数にのぼり、70~80年代にかけていわゆるロリータ物が氾濫した観がありました。

エロチックロリータ[DAISYDAISY ロリータのための映画・小説情報]
http://homepage1.nifty.com/daisydaisy/cinema/ero.html

 少女愛を“昇華”させた実例もあります。『不思議の国のアリス』の作者ルイス・キャロルは今も世界的に尊敬されておりますが、成熟した女性より少女のほうが好きだったようです。保守的な大学の学寮で生涯の大半を過ごしたという、中世の修道士みたいな生活がなにか影響していたのでしょうか。
 少女の側の中年男性への憧れと、オジサン側の少女愛という、それぞれ位相の異なるベクトルが、何の因果かぴったりと相対したとき、日常の均衡は崩れ二人は危うい綱渡りを強いられることになるようです。
 敗戦までは16歳くらいでお嫁に行くなんてことは、日本の農村なんかではさして珍しくありませんでした。しかし戦後は変わりました。法律的にはぎりぎりセーフ、でも世間体が…という歳の差恋愛・歳の差結婚がふたたびクローズアップされるようになったのは、1970年のことです。
本村三四子原作、岡崎友紀主演、大映テレビ室・TBS制作の連続テレビドラマ『おくさまは18歳』(すでに結婚している高校教師と女生徒がそれを隠そうとするコメディ)、
富島健夫原作、関根恵子主演の大映映画『おさな妻』(こちらは17歳の女子高生と31歳の子持ち男のシリアスな話)
の2作品が話題となり、それぞれ映画化・テレビドラマ化もされました。1993年の連続テレビドラマ『高校教師』はそうした作品をやはり踏まえた上で企画として成立したのではないかという気がします。
 歌ではどうでしょうか。
 ――ということでやっと今回の“私をつくった”一枚の話になるわけですが。

 中尾ミエの『おじさまとデイト』。ご本人も忘れているでしょう。少なくともレパートリーからは外されております。
 この歌は月刊『平凡』の歌詞募集の当選作品でした。テーマとしては『アバンチュール・イン・リオ』の女の子の気持でしょうか。時代的にはこのテーマを歌にするのはちょっと早過ぎたかもしれませんね。
 やさしく抱かれ踊っていたいとか、ホッペにキッスしてとかいう件(くだり)に出くわすと、歌の主人公の少女と「おじさま」なる人物の関係は、伯父さまでも叔父さまでもなく、赤の他人の小父さま(即ち買物ブギで連呼される「オッサン」)なのではないか、と察せられるのです。
 しかもこの「おじさま」、車寅次郎のような貧乏人ではなく、スポーツカーでナイトクラブへ連れて行ってくれるリッチマンという設定。ますます以て怪しい関係です。
 まァこのへんが歌としては限界でしょう。これ以上行くとドラマが始まってしまう。パトロンであるとかダンナであるとか債権者であるとか、カネと色と欲の織りなすドロドロの世界、今で云えば援助交際、少女買春、果ては人身売買なんてとこまで行ってしまう。だから話としてはここで寸止めということです。

サンプル盤「花と小父さん」畠田理恵 秘すれば花、ということがあります。作詞曲:浜口庫之助、歌:伊東きよ子の『花と小父さん』はメルヘンチックなフォークソングでした。でもこの歌、ある種の童話やわらべ歌のように、本当は恐ろしい裏の意味を持っている?、、、のかもしれません。
 歌の主人公が一人称の“僕”でイコール「小父さん」なのですが、なぜか歌うのは女性で、男性の場合はボーカルグループ。そういやずっと後の大久保清あたりも自分のことを「ボク」と言ってましたっけね。自分を「僕」と称するオジサンを、あなたはどう思います?
 ちなみに1990年、フジテレビ『男と女のミステリー』でドラマ化(タイトルは『花とおじさん』)された時、主題歌であるこの歌をうたっていたのは、出演もした畠田理恵(1996年3月、将棋の羽生善治と結婚)でした。

シングル「おじさま、いや?」黒澤良、麻里エチコ 1997年にリリースされたオムニバスCD『幻の名盤解放歌集*大映レコード蒸発編』には黒沢良、麻里エチコの『おじさま、いや?』という楽曲が収録されていました。
 この曲は1969年に大映レコードから発売されたもので、『おじさまとデイト』と同趣旨ながら、女の子の側の迫り方が格段にヒートアップしております。
 同じ60年代でありながらこの違い、まさに“this is 60年代”とはこのことで、私が一貫して唱えている「60年代とは変化の異名(いみょう)なり」を如実に指し示している好例と申せましょう。

シングル「東京娘」桜たまこ 桜たまこの『東京娘』(1976年)・『おじさんルンバ』(1977年)は、少女からオジサンへの熱烈なラブコールの歌でしたね。『おじさまとデイト』から13年、ようやくストレートに表現されるようになりました。情熱と野心を秘めた少女の猛烈アタックに、オジサンもさぞやタジタジかと思いきや、オジサン側のリアクションが見えてこず、なにやら一抹の不安が生じてくるのです。
 つまり映画『赤線地帯』のラストシーンのように、これは不特定多数のオジサンに対する呼びかけ、メッセージではないか……彼女らは消費社会にあって物欲・消費の欲望を我慢しきれず、手っ取り早くオジサンから毟り取ろうとしているのではないか……
 あるいはそうかもしれない。そうでないかもしれない。かくいう私も恋愛はあまり研究してないので何とも言えません。
 やはり、少女からのアプローチをオジサンが斥(しりぞ)けるというセンが、流行歌としても世の中の常識としても、無難でヨロシンじゃないですか?

 さて、『おじさまとデイト』に関して私は、その異色の歌詞もさることながら“消化不良の和製ポップス”というテイストに大いに魅力を感じているのです。
 言ッチャァなんですが外国音楽に影響され続けてきた日本の流行歌・歌謡曲・和製ポップス・J-POPの、それはアクのようなものでして、いつの時代でも常に、路傍に咲く名もない花のように、好事家のオジサンに見つけられるのをひっそりと待っているのです。
 私は1975年当時、こうしたテイストを勝手に【綺麗さびのエロス】などと名づけ、いろんな人に、面白いでしょう? ね? ね?……と言ってまわりましたが、ほとんど病的なマニアとしか思われませんでした。私ごときがマニアじゃ本当のマニアの人に失礼ですよねぇ。

 この『おじさまとデイト』はマッシュポテトとかプリーズ・ミスター・ポストマンみたいなビートの効いたミディアム・テンポでありながら、アフタービートでなく頭打ち。むしろラテンのチャチャチャに近い気がします。
 作・編曲の吉田正といえばジョージ・シアリング的なタッチで都会派歌謡を確立した人。のちに橋幸夫のポップス歌謡で若い人にも大いにアピールしましたが、1963年当時はまだ“テーンエイジ・ポップスとどう向き合うか”という考えがまとまっていなかったようです。個人的にはこのころが吉田作品のオイシイ時代だと思ってます。
 翌1964年、吉田正は『おじさまとデイト』で試したスタイルを吉永小百合の映画主題歌『こんにちわ20才』で再び使ってますが、さすがにその時はずっと洗練されたものに仕上がっておりました。
(2004年11月30日)

追加記事

今日の『徹子の部屋』で、伊東ゆかり、中尾ミエ、園まりの3人が揃ってゲストで登場してました。園まりも本調子で、2005年に予定されている3人娘復活コンサートの出来が期待されます。
(2004年11月30日)

追加記事

B級GSザ・フレッシュメンの『お花おばさん』という歌があります。この曲で若い「僕」が求愛してるのは「お花おばさん」ではなく、その「かわいい娘」さんの方でした。
ハハハ、そりゃそうだ。つまり女のコの母親に対して、娘さんをクダサイって言ってる歌ですね。
ところで「お花おばさん」とはどういう人なのでしょう。プロフィールが不明です。私が想像するに、南方戦線で夫が戦死、花屋に住み込みで奉公し、納入先のダンスホールで知り合った男と出来てしまい、子どもを授かるも結局別れて、暖簾分けしてもらった小さな花屋を経営。女手ひとつで一人娘を育て上げたわりにはその苦労を見た目に感じさせない、ちょっと渡辺美佐子似の都会派のおばさんではないかと思うのです。
それで娘についても歌詞では具体的に言及されてません。
私が想像するに・・・(以下略)
(2005年1月15日)

 

この記事の旧版はこちらです。
register movement: 012 おじさまとデイト

2004/11/7 日曜日

つわものどもが夢の超特急

カテゴリー: 選集(いくつかの推敲) — eiji @ 21:08:22

テレビ東京開局40周年・芸術祭参加ドラマスペシャル『新幹線をつくった男たち』(10月3日放送)を見ました。
昭和30年代、困難な状況を乗り越えて新幹線を開通させた国鉄総裁や技術者らの姿を描いた実録ドラマです。

 原作:高橋団吉『新幹線をつくった男 島秀雄物語』
 脚本:矢島正雄
 演出:高橋一郎
 音楽:渡辺貞夫
 製作:テレビ東京、東宝
 出演:松本幸四郎(島秀雄役)、三國連太郎(十河信二役)、加藤治子、高橋恵子、鈴木瑞穂、金田龍之介、林隆三、高橋昌也、津嘉山正種、益岡徹、橋爪淳、木村理恵、
 ナレーション:辻 萬長

どちらかといえば、「さぁ感動しろ」といわんばかりの濃い目のドラマより、こういう叙事詩的ストーリーのほうが私の好みには合ってます。テレ東らしく、新幹線の「予算」という経済問題を背景に据えたところも、好感が持てました。
出番は少ないのですが、私の大好きな俳優・高橋昌也と、日本映画黄金時代に活躍した鈴木瑞穂の両氏が出ておられます。やはりこうした方々が演じるとドラマ自体に重みというか渋みというか、ある種の「貫禄」が付いていいですね。
高橋昌也氏は1990年代にはあまりお見かけしませんでしたが、2年くらい前からまた俳優として活動されているようです。

この番組は、戦前から続く日本の技術力の高さを称揚し、影の功労者たちを顕彰する、いわばドラマ仕立ての民放版“プロジェクトX ~挑戦者たち~”といっていいでしょう。
でも皆さん、新幹線には「ひかり」はあっても影はない、なんて思ったら大間違いですよ。
東海道新幹線の営業開始が期限の切られた国策である以上、「強引な建設」となったのはむしろ当然でしてね。用地買収、強制的立ち退きなどをめぐって当時、多くのトラブルが発生しているんです。
しかも大マスコミは、「夢の超特急」、ひいては国民悲願のオリンピック開催への期待感に水を差すことを懼れ、そうした不祥事に目をつむり報道を忌避してしまった。
まぁ当時の世の中の「空気」としては、無理からぬところでしたけどね。
敷設ルートの情報を事前に知って土地を買占め高値で買い取らせた者、知らずに安値で買い叩かれてしまった人たちのエピソードは、けっきょくフィクションという形でしか世に出せなかったんです。
有名なところでは、開通前の1963年12月、書下しで出版された光文社刊、梶山季之著『夢の超特急』。用地買収にかかわる新幹線公団汚職事件を描いた推理小説で、翌年、増村保造監督によって映画化されました(大映『黒の超特急』主演:田宮二郎)。
新幹線それからこんなのもありました。
弘文社刊、西口克己著『新幹線』(1966年4月20日初版=左)。
著者(故人)は作家活動以外にも、日本共産党の京都市議、京都府議としても長らく活躍した人でした。この作品では、左翼作家らしく、新幹線建設の大義名分に泣かされた「貧しき庶民」の目線から権力の横暴と悪辣と腐敗、人間の貪婪さ、卑怯さを描いています。

cf. 西口克己 - Wikipedia

戦後の経済が、戦時中の“統制経済”、あるいは満洲国モデルを引き継いだものであったように、新幹線も戦前の陸海軍の兵器製造の技術が活かされてました。技術の平和利用ですからそれ自体は喜ばし事でしょう。できれば今後、新幹線の技術が軍事転用されないことを切望するのみです。

◇    ◇    ◇

下の写真は、ウチの部屋を走っている「夢の超特急」です(笑)
あのころ、この試作デザインが広く流布していたため、本物の新幹線を見たとき「アレッ?」と思ったことを覚えてます。

夢の超特急夢の超特急

◇    ◇    ◇

開通した年の1964年、レコード各社から新幹線を歌ったシングル盤が次々発売されました。
私の資料室にあるのはその中の2枚。どちらも国鉄が「後援」しています。

シングル「飛ばせ!夢の超特急」山口伸シングル「夢の超特急ひかりの歌」立川澄人

(左)山口伸『飛ばせ!夢の超特急』
この歌が山口伸のデビュー曲だそうです。
B面の『花のローカル列車』は一転、在来線の風情を歌っておりますが、『あゝ上野駅』と同じようにW.S.Hays作曲の『故郷の廃家』を織り込んでるところが印象的です。

(右)立川澄人『夢の超特急“ひかり”の歌』 c/w ミッチー・サハラ『ヒューヒュー行こう超特急』
A面は谷川俊太郎の作詞。「ラララララ」が多用されてます。

CD「歌は世につれ 東京オリンピック」
ほか、確認している楽曲に、日本コロムビアの中川順子『はしれ超特急』というのがあります。私は同社のCD『歌は世につれ 東京オリンピック』で知りました。

(2004年11月7日)
(2007年11月7日改稿)

追加記事

050205_02.jpgラピタ2005年3月号。980円。
付録が『世界最小の自走する鉄道模型(新幹線試作A編成1002号)』。ボタン電池で動きます。
気の迷いで買ってしまいました(笑)。
買ってから気がついたのですが、カーブレールが2本だけ付いてまして、これだけでは円にもなりません。ぐるぐる回すためには通販で残りのレールを買わないといけないのです。
う~む・・・そうと知ってたら買わなかったのに。
(2005年2月5日)

追加記事

「夢の超特急」、走る! 新幹線を作った男たち碇 義朗著『超高速に挑む 新幹線開発にかけた男たち』(1993年2月、文藝春秋社刊)が、文春文庫『「夢の超特急」、走る! 新幹線を作った男たち』として復刊されました。
(2007年10月10日)

追加記事

ダンゴ鼻の初代新幹線「0系」全廃へ JR西日本
 JR西日本は、ダンゴ鼻が特徴の初代新幹線車両「0系」の営業運転を来秋で終え、全廃することを決めた。最新型「N700系」の増備に伴い、世代交代させる。
 東海道新幹線開業の1964年に登場。最高時速210キロは当時世界一だった。現在は塗装を変え、6編成計36両が山陽区間限定の「こだま」として走っている。
 01年に鉄道発祥の地、英国の博物館に収蔵されるなど、日本の鉄道技術の象徴だった。高度成長を支えた「夢の超特急」は、いよいよ夢の中だけの存在に。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071219-00000168-mai-soci

いまだに新幹線と聞くと0系の顔が頭に浮かびます。
いよいよ完全引退ですか。
あれからずいぶんと経ったんですねぇ。
(2007年12月20日)

追加記事

 駅弁製造販売の老舗「淡路屋」(神戸市)は、初代新幹線「0系」が11月に引退するのを記念して、0系をかたどった「夢の超特急弁当」を販売している。
 弁当の陶器製容器は、0系の特徴である白と青のボディーに団子鼻。すし飯の上にタコやアナゴ、ローストビーフなどが盛られている。1050円で、来年3月末まで販売する予定。
http://www.zakzak.co.jp/top/200809/t2008091651_all.html

容器代の割合は何%くらいでしょうか。
(2008年9月16日)

追加記事

YouTube - はしれ ちょうとっきゅう
走れ超特急 うた/中川順子・瀬端優美子
追加日: 2008年09月11日

(2008年9月20日)

追加記事

1995年11月11日放送の『NHKスペシャル 戦後50年・その時日本は 第8回 列島改造 田中角栄の挑戦と挫折』で、全国新幹線鉄道整備法案(1970年3月)が大きく採り上げられ、その中で映画『東海道新幹線』(企画:国鉄、製作:新理研映画)の映像の一部が使用されました。

映画『東海道新幹線』(企画:国鉄、製作:新理研映画)
映画『東海道新幹線』(企画:国鉄、製作:新理研映画)

(2008年11月24日)

追加記事

<0系新幹線>昭和駆け抜け終着駅 「だんご鼻」に拍手
12月1日0時32分配信 毎日新聞
 夢の超特急が44年の歴史に幕を下ろした。30日に定期運転を終え、引退した初代新幹線・0系。最終便「こだま659号」に乗車した。車内で、そして沿線の各駅では、大勢のファンや家族連れらが最後の雄姿を目に焼き付け、自分たちの人生と重ね合わせた。夕方、終着の博多駅で最後の警笛が「プワーン」と鳴り響いた。また一つ「昭和」の象徴が姿を消した。
(中略)
 午後6時24分、定刻より3分遅れで博多駅到着。全乗客を降ろした0系は警笛を鳴らし、姿を消す。大きな拍手が起こった。
 ◇さよなら運転も指定券売り切れ
 JR西日本はファンの要望に応え、12月6、13、14日に「さよなら運転」として、新大阪-博多間などで0系による臨時「ひかり」を運行する。全席指定の指定券は既に売り切れている。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081201-00000002-mai-soci

蒸気機関車みたいに、たまに走れば儲けになるかも。
(2008年11月30日)

この記事の旧版はこちらです。
register movement: つわものどもが夢の超特急

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