2003/4/7 月曜日

030402-030407

カテゴリー: Check It Up Yo ! Message Board 過去ログ — eiji @ 21:06:10

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■ あたいの好きな言葉はさぁ「春宵一刻アタイ千金」
□投稿者:菅佐原英二
□投稿日:2003/04/07(Mon) 22:34:10

アメリカは今日からサマータイムに突入。

路線図を見ていて思いついた――
 新橋にはシンパシーを感じる。
 品川でお品がわ書きを見る。
 田端でスキャット、タバタバタ。
 にっぽりとサッポリ、時計台があるのはどっち?
 目ジロジロとオレを見るな!
 なんたって整腸剤はわかもととエビスだな、ウン。
 ♪しブヤブヤしてたら私は誰かのいいこになっちゃうよ♪

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■ 春江花月夜。
□投稿者:背呂利太
□投稿日:2003/04/07(Mon) 21:31:00
 
> -->秋葉原駅の階段が文字通り「骨身に」応える。

小生も同様、秋葉原駅の改札口から京浜東北・山手線のホームに上がり、さらに総武線のホームに上った瞬間、いつでも足がフガフガになって、他の皆さんが平気な顔?して歩いているので、いつもガックリしています。入隊検査で丙種合格も覚束ないのでは、とおもう昨今であります。

> 「心技体のバランスのよい人」

横綱武蔵丸。

さて、イラク国での戦闘だが、勝敗の帰趨などもとより分かりきったこと、判官贔屓のアタシとしては、何も語りたくない心境で、遣る瀬無さで思いが充満(馬力)~♪空を超えてェ~ラララ~♪
鉄腕アトムが誕生したという『2003年4月7日』は、ガキのころ、大変尖鋭的な世界なのだろうと空想していたが、実際本日その日の空気を吸ってみれば、ナニ、昔とあまり変わらんじゃないの、という落胆と、ま、ソンナモノよ、というコンサヴァ意識が、虚々
実々に綯い交ぜとなる1日でありました。

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■ バグダッドの町に、5年以内にフライドチキンやスタバができる可能性は何%?
□投稿者:菅佐原英二
□投稿日:2003/04/07(Mon) 20:02:26

本日は、
渋谷-->三軒茶屋-->渋谷-->都立大学-->中目黒-->秋葉原
と、移動。駅の階段が文字通り「骨身に」応える。

「ああ、オイラはオヤジだ」と思った瞬間。
オイラが独身だと知って、いきなり「わたしじゃどうですか?」とその女は問うた。
予期せぬ質問に「ふが、ふが、、、」とろれつも怪しくなり、焦ったが、質問の第二矢は
「どういう女性がいいんですか?」
そこでオイラは「心技体のバランスのよい人」とすかさず答えた。
「心、体は判りますが、技って、なんですか?」と言うので、
「そんなこと、オレの口から言えないよ、うっひっひ」と言うと、
案の定、変な顔をした。
(残念でしたァー、ほんとーは料理の腕前なんだよぉ~ん)
とオイラは心の中でひとりごち、セクハラミサイルが命中したことに満足したのだった。

路上でスケボーの練習をしている中学生らしき少年。
オイラの目の前でハデにスッ転んで地面に激突。
それでも何げないように立ち上がり「フッ」。
すっげー痛かったに違いない。先は長いな。

今夜は焼きそばでも作ろうかな。コレ、おいらの「ちょうり宣言」。

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■ 天保推敲伝
□投稿者:菅佐原英二
□投稿日:2003/04/07(Mon) 10:50:49
 
> (f)が2つあることの意味
(社長シリーズの小林桂樹の口調で)
考えましょね、いっしょに、考えましょう、ネ、ネ、、

今朝方FAX3枚が届いた。宅地取引の書類だった。
マチガイFAXだ。なにやら重要な内容らしいので、送り先を間違ってますよと書いて相手番号へ送った。
朝から良いことをして、とてもとてもとても良い気分だ。
サテ、茶でも淹れるとするか。

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■ 朝から熟考。
□投稿者:背呂利太
□投稿日:2003/04/07(Mon) 09:58:08
 
> 語句を以下の中から選びなさい。

菅佐原先生のカウンターパンチは強烈無比でございますネ。

さて、選択の語句で(f)が2つあることの意味をずっと考えておりますが、よくワカリマセン。
「チャハ、まちがえたッス。」以外の、しゃれた返答を期待したいものです・・・。

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■ さぬきうどんのうまさと値段は…
□投稿者:菅佐原英二
□投稿日:2003/04/06(Sun) 22:14:05

> 歩いて約25分

一日一万歩が健康の目安だそうですね。オイラは現在、圧倒的に歩数が足りません。

問:(   と   )はエイヒレィする。
( )に入ると思われる語句を以下の中から選びなさい。
(a)リスクとリターン
(b)記憶力と馬券力
(c)故障率と欠品状況
(d)握力と意思
(e)国の発展度合いと国民の健康への関心度
(f)コミュニケーション技術の進化と人間の孤独
(f)財布の重さと体重
(g)自分のことを好きだと言ってくれる人の数と謙虚さ

3月20日の開戦当時のニュースでは日本とイラクの時差は6時間で表示されていたが、このごろは5時間になっている。
どーなっておるのだ?

パナソニックのDVDレコーダー「ディーガ」を買った。ハードディスク無し、80GB、120GBの3タイプから、80GBをチョイス。4月初旬に出るというので予約しようと思って行ったら、すでに現品があった。
後日配送してもらうことにし、秋葉原へメディアを買いに。

オイラの場合はとりあえずVHSテープからのダビングが主な用途なのでDVD-Rを買う。
台湾製は保存に難ありということで国内製(?)の一番安いのを2種類(計15枚)買った。
聞いたことのないメーカー。ちょっと不安。
いよいよDVD-Rを買うようになったか。感慨無量。

ついでにノートパソコン用のLANカードを買う。今付いているLANカードは出っ張りがあるため2枚目のカードがさせないようになっている。今回買ったのはペッチャンコのカードに「カプラ」という鏑(かぶら)のような部分のある接続コードが付いたタイプ。
これで、出っ張りのあるカードが同時にさせるようになる…はずだ。

グラフィックス・ボードを変えたせいか、パソコン筐体の内部温度が高くなったようだ。
チョット大きめの12センチのファンを買って取りつけた。かなりの風力だ。
これでずいぶんと冷えるのではないか?

オリビアが25年ぶり来日公演…母娘デュエット披露
 豪の人気ポップス歌手、オリビア・ニュートン・ジョン(54)が4日、東京・有楽町の東京国際フォーラムで25年ぶりの来日公演を行った。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030405-00000001-sks-ent

エッ! 54歳?!
ひゃぁー、若くてピチピチしたネーチャンだと思ってたけど、あっという間だね。

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■ 名誉と“エイヒレ”のためでなく。
□投稿者:背呂利太
□投稿日:2003/04/06(Sun) 19:52:43
 
「乾燥いも」の袋を○正で見つけ、手にとって、買うか買うまいか思案を重ねたが、結局買わなかった。ユメに見た「乾燥いも」と較べ、見た目の程度がだいぶ劣る気がしたので。
その反動か、花見がてらとことこ歩いて約25分、某店に入り、つい、エイヒレを買ってしまった。1袋300gで、¥980。
脳裏に浮かぶ旋律は、もちろん、♪エ~イヒレ たベだち~♪
さっそく2切れ炙って食べたが、これ、居酒屋でたのめば600円は取られるナ。
あと10切れほどあるので、全部で約4千円相当の商品価値があるとみた。

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■ 何を以てか勝利宣言、オイラのバヤイ。
□投稿者:菅佐原英二
□投稿日:2003/04/05(Sat) 22:46:37
 
雨の中、新宿BIC P-KANへ。
新年度最初の週末となったこの日、初「飲み会」に繰り出す新社会人や学生で歩道はいっぱい。それとなぜかオヤジどもが屯してて通行の邪魔。これがガヤガヤと喋りまくって、うるさいの何のって。

携帯電話管理ソフトをバージョン一つ飛び越えてインストール完了。
できない事になっているが実はできるのです。
「他社からの乗り換え版」がそれ。ただしケータイとパソコンをつなぐケーブルもバージョンアップしてるので、下手すると大損する可能性も。
オイラの場合、ケーブルを持っているので問題なし。

米軍も自民党も報道された直後に否定してみせたり後で可能性があるなんて言ってみたり。
ともかくその場その場で適当にうまいこと言っておけばそれで済むという、あまりにも国民を愚弄している態度にショパン猪狩を覚える。
ハイ、レッドスネーク、カモォ~ン。

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■ ♪あのねーでもねーもらい泣き~♪
□投稿者:菅佐原英二
□投稿日:2003/04/05(Sat) 13:31:45

> 購入時のほぼ倍

ですか、すごいなぁ。目の確かさ、恐れ入りました。

> 電話1本で手軽に勧誘なんかされてたまるか

太田ドーカンです。
あれって何なんでしょうね。
せめて勝手口まで来て汗を流すのがセールスの常道ではないかと。
えっ? あんたもネット通販してるデショって? あれはホレ、〃待ち〃の商売ですから。てへへ。

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■ 連日無断外泊常習へ。
□投稿者:背呂利太
□投稿日:2003/04/05(Sat) 09:32:31
 
「乾燥イモ」が忽然と現れたユメの続きをみる為、
昨晩も旧宅へ泊り込むことにした。しかしながら、
その願いも空しく、熟睡してしまった。
一杯飲んだことと、身体が環境に馴染んでしまったからだろう。
CS放送の野球中継を観ないようにすべく、
暫く旧宅で寝泊まりすることにした。

しかし、そんな“ミジメなオッサン”にもひと筋の光明があらわれました。
菅佐原先生の御気色頗る麗しゅうところの最大原因のひとつでありましょう
「株価低迷」は8千円近辺をウロチョロで相変わらずでございますが、
5年ほど前に初めて買った某株が、幾多の試練を乗越え、
ここ細菌連日値を上げ、購入時のほぼ倍にまで株価が上昇してきたことでございます。
家貧しゅうして孝子出づ、干天の慈雨、猫に小判、といったところ。
天の(ささやかなる)配剤と受け止めております、ハイ。

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■ IP電話未導入なボクですが
□投稿者:菅佐原英二
□投稿日:2003/04/04(Fri) 22:57:48

フセイン政権の断末魔である。
しかしこれから始まる長い「戦争」の、それはほんの序曲にすぎない。

真生ちゃんの新居に、初めて行った。
引越祝いに、缶ビール6本、清酒2本、地下鉄路線図2種類各1枚、それと5000円相当の花束を差し上げた。喜んでくれたようだ。
大変素晴らしい場所である。自慢できる建物だ。若干狭いのは致し方あるまい。
これから良い仕事をどんどんやってほしい。
帰りは雨。傘を持っていかなかったのでしっぽりと濡れた。

中途半端に飲み食いしたので、自室に帰ってから、小腹がすいた。シャワーを浴びたらカップ麺を食べようっと。

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■ 電話勧誘多発注意報。
□投稿者:背呂利太
□投稿日:2003/04/04(Fri) 17:35:01
 
4月になると、希望に燃えた若者たちの、やたらに明るく張り切った馴れ馴れしい調子の元気溢れる声で、利殖やマンション投資などの電話勧誘が頻発する。新人研修の一環なのかも知れぬが、こちらは迷惑千万。
小生、感情を押し殺して、極めて冷徹無情の対応に終始するのみ。
きょうび、電話1本で手軽に勧誘なんかされてたまるか、というところだが、引っ掛かる手合いも多いのでしょうネ。

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■ 愛の渇き
□投稿者:菅佐原英二
□投稿日:2003/04/04(Fri) 12:39:47

発生・進化を突き動かす方向性のエンジンは「欠乏」であるか。
これを「欠乏感」「渇き」と称するのはしかし適切ではない。
細胞には脳が無く、従って感情が無い。欠乏は感情ではない。
せいぜいが微弱電気の発生か化学的ポテンシャルの移動程度の「ストレス」反応であろう。
しかして、欠乏を補うあらゆる可能性がアトランダムに、真空に物が吸い込まれるように、試される。
まさに必要は発明の母である。

またまた無言電話。
こっちも慣れたもので相手が切るまで放っておく。電話代を損するのは向こうだ。

「清潔な」とか「安心して暮らせる」とか、まったく具体性のない選挙演説をして平然としている候補者を見ると、腹が立つ。有権者もずいぶんとバカにされたものである。

 重症急性呼吸器症候群(SARS)の大流行で、不織布マスク製造のサンエムパッケージ(金谷町、三宅馨社長)に、香港などから医療用マスクの注文が相次いでいる。
 同社は不織布素材を使った医療用・一般産業用使い捨てマスクのトップ企業。衛生医療用のフェースマスク分野では世界市場を米国企業と二分するほどのシェアを誇る。
 需要が強まったのは十日ほど前から。品薄となっている香港、シンガポールからの引き合いが目立っている。高性能の医療用マスクが一般向けに販売されているという。同社は残業や休日出勤による増産態勢に入り、通常の二―三割の増産を進めている。
http://www.shizushin.com/area21/area21_2003040304.html

 新型肺炎の重症急性呼吸器症候群(SARS)が広がっている香港で、ヤクルトの売り上げが急増している。インターネットや現地の雑誌などで「SARSの予防に効果がある」とのうわさが広がったのが原因で東京市場の株価も急騰。ヤクルト本社は「ヤクルト菌には免疫力を維持し、体の抵抗力を強める効用はあるものの、特にSARSに効果があるわけではない」としており、にわか人気に困惑気味だ。
http://www.asahi.com/business/update/0405/002.html

重篤に なればなるほど 特需増え。

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■ ユメみる獏ダ~ン。
□投稿者:背呂利太
□投稿日:2003/04/04(Fri) 08:40:38
 
昨晩は3ヶ月ぶりに旧宅に泊り込んだ。
なかなか寝つかれなかった。
・・・で、めったにみないユメをみてしまった。しかも3本立て。
(1)試験。60分で2科目。国語と地理で、最初はスラスラ快調だったが、半分ぐらい時間が経過したところで、どうしても先に進まない。焦りまくるが、如何ともしがたく、結局回答用紙を半分白紙で提出せざるを得なかった。極度の落胆に落ち込むのだった。
・・・いったん目が覚め、放尿。また寝込む。
(2)米国中西部のある町へ語学留学に行く(が、話の展開がまったく不明)。
(3)何の脈絡もなく、目の前に「乾燥イモ」が忽然と現れ、欣喜雀躍。さて、焼いて食べようか、とおもった瞬間、
・・・・・目が覚めました。

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■ 臓器だって立派な商品、かもネ
□投稿者:菅佐原英二
□投稿日:2003/04/04(Fri) 02:25:08

> やはり新しい細菌兵器の実験なのだろうか

さうなのです! すべてはCIAの陰謀なのです。象の鼻が長いのも、電信柱が高いのも、日本郵政公社の郵便ポストが赤いのも、オイラのオツムの毛がどんどん抜けるのも、みんなみんなCIAの仕業なのです。おそろしー、ことでございます(故・小松方正、または一龍齋貞水の口調)。

レスリー・チャンという人をオイラは今回の事件で初めて知ったのでした(トホホ)。
香港の人はアグネス・チャン、ブルース・リー、ホイ3兄弟、ジャッキー・チェンまでくらいですね。
まったく以て不明の至りです。すっかり世事に疎くなってしまって……。
そのレスリー・チャンがゲイだというのはおとといの夜のニュースで仄めかしていたので
「へーぇ、香港版・おやじ涅槃で待ってる、だナー」と。
そのセクシャリティなど、どうでもいいのですが、大概の自殺者がそうであるように、実にはたメイワクな死に方をしたものです。死ぬんだったらアフリカ奥地の滝の裏あたりで死んでほしいものです。

1986年の映画『カンタビル家の亡霊』をテレビで初めて見た。日本人にすんなり受け入れられやすいストーリー。
「能」によくあるような設定、少女の清らかな祈りと涙で詛いが解けるなんざ、大映永田社長ごのみで、大魔神みたいだナー。

イラクで死体の山が築かれてるはずなのに、どのメディアも報じない。
早期決着の戦略失敗を糊塗するごとく、バグダッドへなだれ込む米英軍。
武器の大量生産、大量消費。
死体の大量生産。、、ハテ、死体は土に還元されるだけか。

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■ 香港は記憶の彼方に消え去る~。
□投稿者:背呂利太
□投稿日:2003/04/03(Thu) 15:30:51
 
香港の新型肺炎が広まりつつあるようだが、
やはり新しい細菌兵器の実験なのだろうか。
場所的には、人の往来が多く、拡散しやすい絶好の立地条件で、
情報も伝播しやすいから、真っ先に狙われたのかも・・・・・?

例の“香港巨星”レスリー・チャンはモーホの▲関係が原因だとか。
先生は先生でも、唐先生がお相手のようで、
よかったですネ、菅佐原先生。
たしかに映画『金枝玉葉』を観ると共演女優のアニタ・ユンのほうがず~と男っぽかったですナァ。

小生、香港へは一度も行ったことがない。
数年前出かけようかと思いかけたことがあったが、折りしも香港返還前のブーム状態、テレビの番組に頻繁に出てきたので、行った気分になってしまった。
しかし東京の繁華街の延長みたいな所が多くて興醒め。
例によって日本人観光客向けにホテル代やら何やら特別価格が設定されている話も聞いて、行くのは止めた。
香港は1950年代のエキゾチックな匂いがまだ色濃く残っていた時代が、最高だったのではないか、と思う。
映画『スージー・ウォンの世界』(1960年)で、その匂いが若干嗅げる。

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■ 今度の有事立法も、キナくさいですなぁ
□投稿者:菅佐原英二
□投稿日:2003/04/03(Thu) 02:26:22

http://www.lesliecheung.com/
は、えらく重いですなぁ。アクセス過多のようです。

http://english.aljazeera.net/
は、まだ復旧してないですなぁ。

http://www.aljazeera.net/
のほうは、だんだん悲壮なカンジになってきてますなぁ。

日本が米国に勝っていたらこうなったろうという内容の有名なSFがあるけど、もしも8月15日に無条件降伏しないで本土決戦に突入していたらってSFは聞いたことがない。
たぶん誰かが書いてるとは思うけど。
日本人はしかしホールドアップでしょう。軍も内地の部隊はバンザイ突撃する前に白旗挙げたと思う。
そもそも米に深い恨みがあって開戦したわけじゃないし、ゲリラ戦やるほどの銃器も残ってなかったしね。

ニューヨークタイムスによればFOXテレビはブッシュ政権の「チアリーダー」なのだそうだ。
どーりで絶賛また絶賛なワケだ。

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■ 通り魔・通り雨・とうりゃんせ
□投稿者:菅佐原英二
□投稿日:2003/04/02(Wed) 14:15:41

右肘の少し上内側に大きなとげが何本も刺さって、ひどく痛い。
――と目が覚めた。夢であったが、まるで針が刺さっているかようにその部位が痛いのは夢ではなかった。血でも出てるんじゃないかと暗闇の中でなでてみたが、濡れてるふうでもない。
また寝てしまったが、朝起きてからもまだヒリヒリする。
原因を考えてみたのだが、昨日半年ぶりに、硬い布地のシャツを着て歩いたため、皮膚と擦れて、何かストレスを生じたのではないか、ということだった。
なんだ、股ズレみたいな、単なる擦過傷か……? ところがである、肌のその部分は赤く腫れているでもなく、見た目はごくフツー。ツルンと綺麗なものだ。それでも針が刺さっているように痛むのだ。

乾燥肌といい花粉症といい、どうもこのテのトラブルが多い。現代病か。
有害物質に囲まれて、またそれらを吸って、食べて、肌に触れさせていると、こういうことになるのかもしれない。

徹子の部屋。今日は筒井康隆。おそらく筒井を読んでないのだろう。質問が「?」。それでよい。

選挙・戦況・センキュー。
野暮・野望・ヤフー。
膣・地図・チーズ。

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2003/4/3 木曜日

008 ガード下の靴みがき

カテゴリー: わたしをつくった101枚 — eiji @ 16:08:23

わたしをつくった101枚

SP歌詞カード「ガード下の靴みがき」宮城まり子 聴く必ず泣いてしまう歌があります。人にもよるでしょうが私の場合『星の流れに』 『岸壁の母(菊池章子盤)』 『ああ上野駅』 『ヨイトマケの唄』 『学校の先生』、そして最も泣けるのがこの『ガード下の靴みがき』(左)です。
 作詞・宮川哲夫、作曲・利根一郎、歌・宮城まり子。1955年ビクターレコード発売。
 “逆境・貧困を堪え忍んで働く少年のいぢらしさ”、当時としても難しい題材ですが、詞・曲・歌唱ともに間然するところ無く、聞く者の心にすっと入ってきます。まさにプロの仕事ですね。
ちなみに「ガード」(けた橋、陸橋)というのは和製英語で、英語ではgirder bridge(ガーダー・ブリッジ)と云うそうです。

 1955(昭和30)年。ようやく敗戦の痛手から立ち直りかけてはいましたが、貧富の差は大きく、そのしわ寄せは子供たちに押しつけられていました。昭和8年に少年虐待防止法が、昭和22年暮には児童福祉法が施行されているにもかかわらず、働く子供の姿がそこかしこに見られた時代でした。数年後には「消費は美徳」の所得倍増・レジャー時代が国是としてスタートしようという、それはまさに高度経済成長前夜の“深き闇”であったのです。

 発売当時のB面曲は築地容子の『モスコウの花売娘』。男子の靴みがきに対して女子の花売りという一つの典型です。A面の三番の歌詞にも出てきます。私を号泣させるくだりです。いけない……もう目頭が熱くなってきました。
 その境遇により働かざるを得ない子供たちの物語は、過去においては説経節『さんせう太夫』、地唄・長唄『越後獅子』、そして尋常小学校の教科書や少年向けの雑誌に描かれ、そうした要素をすべて受け継いで、戦後、美空ひばりが『越後獅子の唄』 『私は街の子』 『ひばりの花売娘』 『角兵衛獅子の唄』 『街の灯がとぼる頃』(花売娘物)、『旅の角兵衛獅子』 『流れのギター姉妹』などを歌っております。
 演劇・映画の分野では、戦後、主に左翼系劇団あるいは社会派の監督によって、劣悪な労働条件の下、経済的理由で働く未成年の健気な姿が感動的に描かれたりしました。

 ひばり登場後の歌謡曲の世界ではそうしたテーマの歌は昭和40年代の初めごろまで作られ、『三味線姉妹』『新聞少年』などがヒットしましたが、東京五輪の頃になると子供たちの状況はかなり改善されていて、年齢層が少し上の話題、たとえば就職か進学かの進路問題であるとか、生活の心配のないハイテーンの恋愛の悩みといったことに、テーマがシフトするようになります。(たとえば進路問題を扱う歌謡曲では『僕ら就職コース』というのがあります。これは改めてご紹介しましょう。)

 さて、話を戻しましょう。
 花売りをテーマにした歌は物売りソングの範疇に入り、靴みがきは職業ソングの変形に分類されるべき、というのが私の予(かね)てからの持論です。靴みがき物の先行例としてレッド・フォーレーほかでヒットした『チャタヌギ・シューシャインボーイ』(1950年)、暁テル子『東京シューシャインボーイ』(1951年)が有名ですね。どちらもブギの名曲で、シャッシャというブラシの音が蒸気機関車の音に似ていることからブギに乗せる必然性があるということなのでしょう。
 ブルース、ゴスペル、スイングジャズ、ヒルビリー、ウエスタン・スイング、R&B、ジャグバンド、スキッフルなどでは、トレインソング(レイルロードソング)、ホーボーソングというジャンルがあり(遠藤賢司『夜汽車のブルース』もこれですか。ジャグバンドでは『モービル・ライン』、スキッフルでは『ロック・アイランド・ライン』)、トレインソングにブギウギそのものやそのベースパターンが多く用いられたという経緯がありました(『チャタヌガ・チュー・チュー』 『A列車で行こう』 等々)。
 汽車が走る前の段階では、線路工夫の労働歌(ワークソング)がありますが、さすがにテンポが違います。
 日本ではトレインソングというと、トリローの傑作『僕は特急の機関士で』はむしろ例外的で、哀愁・旅・北国といった情緒的テーマが多く、『北帰行』 『哀愁列車』 『赤いランプの終列車』 『悲しきトレイン北国行き』 『津軽海峡冬景色』など、およそブギウギとは縁のない歌がほとんどです。
(――いや、また脱線しました、トレインソングの話だけに!)

 宮城まり子の話をしましょう。
私たち(流行歌大好きの好事家)の間では中村メイコと宮城まり子は常に注目の的でした。二人とも本当に希有な才能の持ち主で一流のエンターテイナーでありましたが(今も!)、その卓越した才能と大衆的なルックスと謙虚な人柄ゆえに大スターの地位を得ることはなかった、という逆説的説明しかできないのが口惜(くちお)しいところです。
 レコード会社は中村メイコが日本コロムビア→ビクター、宮城まり子がポリドール→ビクターで、共にビクターからSP盤をリリースした時期があります。両者ともコミックソングの企画が続き、特に吉本興業の仕切るドサ回り一座に長くいた宮城まり子は、ビクター入社後もしばらくは色物扱いに甘んじておりましたが、たまたまシリアスな映画の主題歌を歌ったことからその豊かな表現力が認知され、昭和30年8月、人生のターニングポイントとなった『ガード下の靴みがき』がついにリリースされたのでした。

 3年後、芸術座で『まり子の自叙伝』を上演。宮城まり子の依って立つところとはいかなるものか、一連の歌とともに、そのイメージを決定づけたのです。『ガード下の靴みがき』以降、ギャラの出ないような施設への慰問活動を積極的に続ける中で、彼女の内面に醸成されていった事どもについては、軽々に論評すべきではないような気がします。

 金で勲章や名誉称号が買える世の中で、人間の福祉ということに一個人として、一女性として、いつかではなく今の今、現実の上で、あれほどまでに大きな貢献を成した宮城に対し、総理大臣・厚生労働省の大臣・官僚ども以下、七重の膝を八重に折り三拝九拝してもまだ足りないくらいです。
 たかが流行歌、ではあります。しかしひとつの歌と人間の出会い・共鳴・交感がその人生までも変えてしまう、ということがあります。宮城まり子と『ガード下の靴みがき』がその好い例でしょう。「ねむの木学園」サイトにあるプロフィールで、『ガード下の靴みがき』を自身すべての原点・出発点に据えていることからもそのことが明らかです。
 『ガード下の靴みがき』を聞いていっとき涙を流す人は多いでしょう。しかし、人間いかに生くべきかをこの歌は自身に問いかけているのだ、ということに思いを致さねば、この歌を唱う宮城まり子の心に触れることはできないのではないかと考えるのです。
(2003年4月3日)

追加記事

シングル「口づけは山手線のガード下」ダンガン・ブラザーズガード下をテーマにした歌には、その後のものでは、たとえばダンガン・ブラザーズの『口づけは山手線のガード下』(1981年。右)、SIONの『ガード下』(1993年。アルバム『I DON’T LIKE MYSELF』収録曲)といったものがあります。
 ダンガン・ブラザーズの歌は、ガード下で愛の告白をするハッピーな内容で、列車の通過音でそれが聞こえないかもしれない、といったモノクロ時代のフランス映画を思わせる洒落たシチュエーションになってます。ボーカルは♪結局飲んでる黒ラベル♪の中島文明で、この人の声ならばたとえ蒸気機関車が走っていてもきっと聞こえることでしょう。
 SIONの楽曲は未聴ですが、東京では新宿のストリートから有名になった人なので、おそらくこの“ガード下”は新宿駅のそれではないかと思われます。福山雅治が私淑するシンガーとしても有名ですね。
(2003年4月17日)

追加記事

6月16日に亡くなった春風亭柳昇の落語に『ガード下』という演目があったそうです。
(2003年6月16日)

追加記事

シングル「小雨の陸橋」島倉千代子 ガードというのは人が常に“下”だけを通るわけじゃない……歩道橋を歩いていて、ふとそう気がつきました。
 線路の上を人や車の通る橋が架かっている。そういういわゆる“陸橋”は、むしろガードよりも多いんじゃないか。
 そう思いまして歌を探してみたら、なんと見つけちゃいました。
 島倉千代子1966年5月のリリース『小雨の陸橋』がそれです。
 橋の上で線路を見下ろしながら、夜汽車で去っていった恋人を偲ぶという内容。どうやらデートの待ち合わせもその陸橋だったようです。
 なんとなく『君の名は』の数寄屋橋みたいですね。
(2004年12月18日)

追加記事

2007年12月5日、NHK教育テレビで『知るを楽しむ 人生の歩き方「宮城まり子 こどもたちへの伝言」』4回シリーズの第1回『母が教えてくれたこと』が放送されました。(以下、ネットのテレビ欄より引用)

知るを楽しむ・人生の歩き方 「宮城まり子80歳・激動の人生」
12月5日(水) 22:25~22:50
NHK教育
◇歌手や女優として活躍する傍ら、日本初の私立の肢体不自由児養護施設を設立した宮城まり子さんが自身の半生を語るシリーズ。
1回目は、宮城さんの幼少期からデビューまでを振り返る。小学生の時に母を亡くした彼女は、施設に暮らす子供たちの気持ちが分かるという。優しかった母の死後、残された父と弟と3人で暮らしていた時に太平洋戦争が始まった。宮城さんは慰問団に入り、戦地に向かう兵士に得意の歌を聞かせて回った。17歳の時に父が再婚。終戦を迎え、浅草演芸場で菊田一夫に見いだされて歌手となり「ガード下の靴みがき」が大ヒットした。けなげに働く子供を歌ったその歌詞は、どこか宮城さんに重なるものだった。
http://tv.yahoo.co.jp/bin/search?id=99331512&area=tokyo

番組ラストで、宮城まり子が『ガード下の靴みがき』を歌っている映像(1974年NHK『第6回思い出のメロディー』)が流れました。
その圧倒的歌唱力・表現力に、感動の涙が止まりませんでした。
(2007年12月5日)

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