北村幾男氏を悼む

 今日(11月26日)、北村幾男さんの奥様から「賀状ご遠慮」の葉書が届いた。平塚の廃盤レコード店『ペリオ』の経営者・北村さんが亡くなられたのだ。ここ七、八年、『ペリオ』のオークションから離れ、年賀状のやり取りだけしていたので、ご体調などはまったく判らなかった。ご高齢であったから天寿をまっとうなさったと思うが、まことに残念でならない。

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 北村さんというとあの独特の字体と縮小コピーを駆使したオークション・リストがすぐに思い浮かぶ。しかもネーミングに凝っていてPOLSA(ポルサ=PERIO OLDIES 7 AUCTIONの略、またはポリコピア・サベドール)、FOVION(フォビオン=FOR VIP ONLYの略)、SPEEDY OFFER SALE”GONZALES”、ARE・ALE、聴人類倶楽部、影録採図、盤有引力、Q-BAN VOICE(求盤ボイス)、展示交換常設盤庫などの新語がいつもリストの紙面に踊っていた。このホームページの副題にあるSONO-COLOも実は北村さんの造語に他ならない。

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 中古レコード店は大昔からあったが、トレード(等価交換)やオークションを導入したのは日本では北村氏が嚆矢だったように思う。雑誌や新聞の記事をマメにチェックされていたようで、廃盤レコードや利殖に関係ありそうな記事のコピーがリストとともによく送られてきたものだ。
 『ペリオ』開設の時期は正確には知らないが、おそらく1972年ころだろうと思う。ニューミュージックマガジンなどに広告をバンバン打っていたのは1985年前後のことで、私が『ペリオ』を知ったのはそれより数年前だった。
 当時、廃盤という言葉は一般にはなじみがなく、店頭から消えた曲を聞こうと思ったらラジオ番組にリクエストするか(これはまず望みがない)、むかし出たレコードそのものを中古屋で入手するしかなかった。そのような困難な状況があったため、私は自分の番組で如何にも愛好家が好みそうな廃盤レコードをじゃんじゃんかけるようになった。番組のタイトルは『SONO-COLOアワー』。第1回目のオンエアは1981年11月20日の金曜日。今はむかしの物語である。
 平塚のお店にも何度かおじゃましたことがある。北村さんは実に人当たりのいい、いつも面白いことを考えているような印象の方だった。私の番組を得意のコピー文書で宣伝してくださったこともあった。
 レコードを投機の対象として割り切って考えておられたようだが、御自身はアルゼンチンタンゴやスペイン歌謡の大ファンであられた。『ペリオ』の店名もイムペリオ・アルヘンティーナ(下の図の女性)という歌手の名前に由来するという話をうかがったことがある。

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 1980年代中ごろから全国的に中古レコード屋が増え、廃盤ブームなるものが起こった。そのころが一番お忙しかったのではないだろうか。CD全盛の時代になると、ブームも沈静化し、レアな楽曲がぞくぞくCD化されるようになった。私のようにCDがあればその方がよいというファンと、発売当時のレコードそのものがなければいやだというマニアがその時点で分かれ、私をふくむ前者はオークションから撤退していった。『ペリオ』はマニアの店であったから、それからが大変だったろうと拝察される。
 今にして思えば、なぜもう一度お目にかかって久闊を謝しておかなかったのか、悔やんでも悔やみきれない。まだまだ教えていただくことはたくさんあったのに、返すがえすも残念でならない。

人の行く裏に店あり盤の山 ! !

 北村さんが好んで使っていたフレーズである。初めてお店にうかがったとき、まさしく私もそのように感じたものだ。発見する喜びを我々に教えてくれた北村さん、ほんとうにありがとう。そして、安らかにお眠りください。 合掌。

菅佐原 英二 の紹介

Sugasawara, Eiji - Medievalist b. 1958 age : 51 hometown : Tokyo location : Minami-Aoyama, Tokyo
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