遁辞/逃げ口上/捨て台詞

Engelbert Humperdinck – Too Beautiful To Last(1972)

 

The Beatles – The Long And Winding Road
録音 1969年1月31日
リリース 1970年5月11日(USA, シングル盤)

  ※(略)

 

Frank Sinatra – My Way
録音 1968年12月30日
リリース 1969年(USA, シングル盤)

  ※(略)

 

Enric Madriguera and his Orchestra – It Was So Beautiful(1932)
vocal: vocal by Richard Barry
recorded August 31, 1932 (actual label scan not available)

Joel Whitburn “Pop Memories”-charted track, not elsewhere on YouTube as of this posting. This unusual running time of 4:35 on one side of a ten-inch 78rpm disc was part of a “longer playing record” experiment undertaken in 1932 by Columbia Records for a brief period. Only a few such discs were released.
Kate Smith performed this dramatic Arthur Freed-Harry Barris tune in the 1932 film “The Big Broadcast” while several popular recorded versions enjoyed moderate sales, including this one by Madriguera (Columbia), George Olsen (Victor), Harry Richman (Columbia), Ruth Etting (ARC), and Ozzie Nelson (Brunswick).

George Olsen and his Music – It Was So Beautiful(1932)
vocal: Paul Small
recorded July 13, 1932

Ozzie Nelson and his Orchestra – It Was So Beautiful(1932)
vocal: Ozzie Nelson
recorded in NYC July 11, 1932

Art Kahn’s Orchestra – It Was So Beautiful(1932)
The ARC studio orchestra
vocal: Chick Bullock
recorded in NYC July 1, 1932

Kate Smith performed this dramatic Arthur Freed-Harry Barris tune in the 1932 film “The Big Broadcast.”

今となっては、すべてが美しく、また愛おしい、、、
――来し方を振り返り、無反省な自己陶酔、際限なき自己肯定に恍惚とする老人に、私はなりたくない。
かといって、忸怩たる思いに煩悶し、輾転反側、眠れぬ夜を過ごすほど、誠実な人間でもないのだが。
今、一つの区切りを迎え、万感胸に迫れども、黙して語らず。アイスバーを持って拈華微笑よろしくウケケケケと痴笑するのみである。
ただひとつ言えるのは何ごとにもリミットがあるってこと。IMF融資の返済期限と同じだ。
現象世界の存在・事象はそっくりそのまま有限である。ハードやソフト、データといえども例外ではない。

Bobby Lewis – Tossin’ And Turnin’(1961)
orchestra conducted by Joe Rene
タイトルは「輾転反側」の意。

さて、
救急車の有料化で浮いた予算は、、、 register movement Part3
でもお知らせしたとおり、
このブログ『register movement Part3』での投稿数が1000件を超えてしまったので(正確にはこの投稿で1065件)、次のブログへ引っ越しすることにしました。
データベースが肥大化すると、バックアップ作業に支障が出たり、通常でもサーバに負担をかけ、つまりは同じサーバを使っている赤の他人にもメーワクがかかったりしますんで、これは致し方ありません。

Tal Henry and his North Carolinians – I Can’t Go On Like This(1934)
vocal: Taz Wolter

Shakin’ Stevens And The Sunsets – Give Me A Break(1983)

Larry Mike – So Long Little Buddy(1964)

Johnny Flamingo – So Long(1956)

Four Aces – So Long(1954)

Russ Morgan and his Orchestra – So Long(1940)
vocal: Russ Morgan

Morgan co-wrote his band’s closing theme, which was revived in 1954 as a top-20 hit for The Four Aces.

というわけで、本稿はここでの最後の投稿となります。
続きは、以下のとおりです。

では、全くやる気のない選曲の、名目だけご覧ください。

東方神起 – Good-bye for Now(2014)

  ※(略)

 

水田かおり – 元気でね(2013)

  ※(略)

 

DNT – 元気でね(2012)

  ※(略)

 

Dorothy Little Happy – デモサヨナラ(2011)

  ※(略)

 

南こうせつ –  元気でね(2010)

  ※(略)

 

ケツメイシ – さよならまたね(2007)

  ※(略)

 

日高のり子、佐久間レイ、川村万梨阿、矢尾一樹、大木民夫、若本規夫 – 元気でね
OVAアニメ原作のテレビゲーム『トップをねらえ! Gun Buster』(2005)挿入歌

  ※(略)

 

小林幸子 – 元気でいてね
映画『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』(2001)ED曲

  ※(略)

 

加藤いづみ – 元気でね、バイバイ(1999)

  ※(略)

 

飯島真理 – 元気でね(1996)

  ※(略)

 

りんけんバンド – 元気でね(1994)

  ※(略)

 

馬渡松子 – さよならbyebye(1993)
『幽☆遊☆白書』2代目ED曲

  ※(略)

 

辛島美登里 – See You Again(1992)

  ※(略)

 

天地真理 – また逢うためにさようなら(1974)
1974年9月 東京・九段会館ホールに於けるライブ録音。

  ※(略)

 

尾崎紀世彦 – また逢う日まで(1971)
2度目の引用。第13回日本レコード大賞受賞曲。

  ※(略)

 

Cookie Carr y su Conjunto – Adios(Goodbye)(1959)

青木光一 – 元気でね、左様なら(1953)
青木の出世作。以降ヒットを連発する。

  ※(略)

 

Kay Kyser and his Orchestra – We’ll Meet Again(1940)
vocal: Ginny Simms, Harry Babbitt, and ensemble
2度目の引用。

Dolly Dawn and her dawn Patrol – Goody Goodbye(1939)
vocal: Dolly Dawn

“Fats” Waller and his Rhythm – Bye, Bye, Baby(1936)

A #4 “Hit Parade” song (different from the later “Bye Bye Baby” in “Gentlemen Prefer Blondes”)

Isham Jones and his Orchestra – Goodbye Again(1933)
vocal: Joe Martin

『緊急の場合は』(原題:A Case of Need )は、マイケル・クライトンの・・・

 第2次世界大戦中に日本文化を研究し,戦後、日本の英雄についての著書『高貴なる敗北』を発表した英国人将校アイヴァン・モリスは、世俗的な成功者である尊氏と、高潔な敗北者である正成の関係を、源頼朝と義経との関係になぞらえて諭じている。
(中略)
日本という国の風土は,成功者の頼朝や尊氏を敵役として、彼らに対して反抗して死んでいった義経や正成を「英雄」であるとみなしてしまう。
 成功した生存者よりも、気高く滅びた敗者に人気が集まる。モリスに言わせれば、そんな日本社会に特有の英雄創出のパターンに見事に当てはまる人物こそ、楠木正成なのであった。

<誰も書かなかった「タブーの日本史」大全 205ページ より一部引用>

世俗的勝利より義を重んじるのは、仏教や儒教の影響だろうと思う。身を律するという部分ではいい影響があったと思う。
ただ、世俗的目的を口先だけの「義」で韜晦して、自らを正義に擬し、驕り高ぶって省みることをしない、という傾向性でもあるので、それが悪く出ると旧日本軍のような組織が出来上がってしまう。

話違うが、19世紀末に大英帝国がとっていた非同盟政策は “Splendid Isolation” と云われた。その日本語訳は「光輝ある孤立」だが、今は「栄光ある孤立」「名誉ある孤立」とも称するようだ。
そういやウォーターゲート事件で追い込まれたリチャード・ニクソンが大統領執務室で荒れる姿を演じた独り芝居をさらに映画にした『名誉ある撤退~ニクソンの夜~』(1984)。あれの原題は “Secret Honor” だった。

The Platters – On My Word Of Honor(1957)

Flip side of “One In A Million”
Pop Chart Peaks: Music Vendor 13, Billboard 20, Cash Box 24
Billboard R&B Peak: 17

 30日午前11時半ごろ、神奈川県小田原市で、新横浜―小田原間を走行中の東海道新幹線「のぞみ225号」の車内で火災が発生し、緊急停止した。神奈川県警によると、先頭車両で男性がポリタンクで油のような液体をまいて自分でかぶり、ライターで火を付けた。この男性は死亡。他に50代の女性も死亡した。
 小田原市消防本部によると、重傷者を含めけが人は少なくとも10人前後に上るという。
 国土交通省によると、新幹線の運転士が先頭車両で油まみれになっている人を発見し、消火活動した。トイレの近くに女性が倒れていたという。トイレから爆発音が聞こえたとの情報もある。
http://jp.reuters.com/article/kyodoNationalNews/idJP2015063001001632

 神奈川県小田原市を走行中の東海道新幹線のぞみ225号(東京発新大阪行き、16両編成)内で乗客2人が死亡した火災で、県警は30日、亡くなった女性は横浜市青葉区荏田町の整体師、桑原佳子さん(52)と発表した。また、車内で火を付けて死亡したのは東京都杉並区西荻北4丁目の職業不詳、林崎春生容疑者(71)と判明。県警は林崎容疑者を現住建造物等放火の疑いで調べている。
http://www.asahi.com/articles/ASH6Z7D17H6ZULOB044.html

 火災が発生した東海道新幹線に乗り合わせて死亡した横浜市青葉区の整体師、桑原佳子さん(52)は、火災発生直前と思われる30日午前11時27分、フェイスブックに「今日は、これまでの平穏無事のお礼参りに伊勢神宮へ伺います」と書き込んでいた。お伊勢参りに向かう途中の悲劇。
http://www.sankei.com/affairs/news/150630/afr1506300070-n1.html

女性は自殺者とは関わりはなく、「巻き添え死」だったようだ。
痛ましい話だな。まさかこんなことになろうとは夢にも思わなかったろう。

自殺者の家族はJRからどれほどの損害賠償を請求されるんだろうか。
おそらく自己破産せざるを得ない額だろうな。
しかしまぁ、どうして第三者を巻き込むかねぇ、、、、

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 インドネシア・スマトラ島北部メダンで30日正午(日本時間午後2時)ごろ、軍のC130輸送機が空軍基地を離陸した直後に住宅地に墜落した。空軍報道官によると72人が死亡した。救助当局が被害状況を確認しているが、死者は増えるおそれがある。
 空軍報道官によると、輸送機には乗員12人と、兵士や家族101人の計113人が乗っていたという。
http://www.asahi.com/articles/ASH6Z5JFHH6ZUHBI01M.html

都心でも米軍や自衛隊のヘリが飛んでいる。
ああいうのも落ちれば大惨事だ。

Indonesia: Medan plane crash injured rushed to hospital

Indonesia: Military plane crash kills at least 30 in Medan

ホテル阪神(大阪市福島区)では、8月13日(木)と14日(金)の2日間、「ミニ吉本新喜劇&サマーバイキングinホテル阪神」を開催する。
座長の石田靖や吉田ヒロ、帯谷孝史、浅香あき恵をはじめ、8名の吉本新喜劇のメンバーが登場。「なんばグランド花月」を飛び出し、爆笑間違いなしの鉄板ネタを交えたショーを披露する。
同イベントの目玉は、新喜劇のメンバーとステージ上で一緒に行う、“コケ体験”(子ども限定・抽選)だ!
http://news.walkerplus.com/article/60859/

この記事を読んでコケた!

Pee Wee Hunt and His Orchestra – Somebody Stole My Gal
2度目の引用。

追加記事

2015/06/20
八代英輝弁護士(50)は、その昔に「乗っていた飛行機が墜落したことがあります」と告白。八代氏によると「けっこう前」の出来事だそうだが、フィリピンのマニラ空港から離陸直後に、機内後方から「チュドーンと、しちゃいけない音がした」といい、そのまま飛行機が滑走路の先の森に墜落したという。「酸素マスク落ちてきて、機内が真っ白。後ろからヤバい感じの煙がきて…」。
http://www.daily.co.jp/newsflash/gossip/2015/06/20/0008139654.shtml

山本五十六のことをふと連想した。
撃墜されたのはブーゲンビル島の上空、1943(昭和18)年4月18日のことだったという。

容疑者が死亡してしまった場合、どんな手続きが待っているのだろうか。
「死者に刑事罰を科すことはできませんので、容疑者が死亡している場合は、不起訴となります。
容疑者が死亡したときは、適法に刑事裁判をする条件(訴訟条件)を欠くことになるからです(刑事訴訟法339条4号参照)。
具体的には、検察官が『被疑者死亡』の主文で不起訴裁定書という文書を作成し、不起訴処分にします。
ただし、容疑者の財産を相続した遺族が民事上の賠償責任を負う可能性はあると思います」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150701-00003325-bengocom-soci

『新幹線放火魔の遺族が怖れる賠償地獄』・・・木曜発売の週刊誌の見出しが目に浮かぶよ。
(2015年7月1日)

追加記事

新幹線を自分の焼き場に選んだ「71歳老人」自殺テロの教訓

<週刊新潮 2015年7月9日号(2015/07/02発売)最新号目次|週刊新潮|新潮社 より一部引用>
https://www.shinchosha.co.jp/shukanshincho/newest/

新幹線焼身自殺損害賠償5億円 71歳男性の“責任能力”

<週刊文春2015年7月9日号 最新号 – 週刊文春WEB より一部引用>
http://shukan.bunshun.jp/articles/-/5225

(2015年7月2日)

追加記事

 少なくとも、5億円超の賠償金になるのは確実なのだ。
 さらに、人的被害の償いもしなくてはならない。
 損害賠償に詳しい、甲本晃啓弁護士の話。
「巻き添えになった桑原さんは、本人にまったく過失がありませんし、1億円の賠償が認められてもおかしくはない。また、重傷者は治療費、慰謝料含めて300万円、他は1人あたり50万円前後で、ざっと28人で賠償額は1600万円くらいになるはずです。ただ、問題なのは、容疑者には姉と弟の遺族がいますが、もし相続放棄されたら、JR東海も被害者も損害賠償請求する相手がいなくなってしまうこと。泣き寝入りするしかなくなるのです」

「ワイド特集 天地の狭間のドタバタ劇」より
※「週刊新潮」2015年7月16日号
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150716-00010000-shincho-soci

(2015年7月18日)